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映画「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース2」ネタバレ考察&解説 ストーリー展開には引っかかりを感じるが、古今東西アートへのリスペクトを感じる、ビジュアル最高のアニメーション作品!

スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース2」を観た。

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ピクサーの「ソウルフル・ワールド」の共同監督を務めたケンプ・パワーズ監督と、ホアキンドス・サントスジャスティン・K・トンプソンが監督した、2018年公開「スパイダーマン スパイダーバース」の続編。製作には、「レゴ(R)ムービー」などのフィル・ロードクリストファー・ミラーの名コンビが名を連ねている。少年マイルス・モラレスを主人公に新たなスパイダーマンの誕生を描いた前作は、第91回アカデミー賞で「長編アニメ映画賞」、第76回ゴールデングローブ賞で「アニメ映画賞」を受賞し、世界中で評価された作品だった。オリジナル英語版のキャストは、シャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルドオスカー・アイザックなど。日本吹替版も小野賢章悠木碧宮野真守関智一田村睦心などの有名声優が参加している。約4年ぶりの続編はどうだったか??今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ホアキンドス・サントス、ケンプ・パワーズジャスティン・K・トンプソン
出演:シャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルド、ジェイク・ジョンソン、ダニエル・カルーヤオスカー・アイザック
日本公開:2023年

 

あらすじ

マルチバースを自由に移動できるようになった世界。マイルスは久々に姿を現したグウェンに導かれ、あるユニバースを訪れる。そこにはスパイダーマン2099ことミゲル・オハラやピーター・B・パーカーら、さまざまなユニバースから選ばれたスパイダーマンたちが集結していた。愛する人と世界を同時に救うことができないというスパイダーマンの哀しき運命を突きつけられるマイルスだったが、それでも両方を守り抜くことを誓う。しかし運命を変えようとする彼の前に無数のスパイダーマンが立ちはだかり、スパイダーマン同士の戦いが幕を開ける。

 

 

感想&解説

思い返せば「スパイダーマン」の映画作品も、監督サム・ライミ/主演トビー・マグワイアの初期3部作と、監督マーク・ウェブ/主演アンドリュー・ガーフィールドの「アメイジングスパイダーマン」2作品、さらにディズニー/マーベルスタジオ体制になった監督ジョン・ワッツ/主演トム・ホランドのMCU3作品と、実写映画だけでも8作品が公開され、さらにアニメーション作品として前作「スパイダーマン:スパイダーバース」が作られたため、「スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース2」を含めれば、なんと20年強で10作品もの”スパイダーマン映画”が公開されたことになる。しかも「ヴェノム」というスピンオフもあるので、シリーズとしてはハリウッド屈指の強力IPだと言えるだろう。元々はスタン・リーとスティーヴ・ディッコによるマーベルコミックスのキャラクターだった訳だが、コミックスでも大量のリリースがある上に、ここ日本でも1970年代後期には東映の特撮テレビシリーズがあったりと、”スパイダーマンユニバース”は今までとてつもない範囲で広がりをみせている。

その中でも映画作品として特徴的だったのは、全米興行収入は「アバター」を抜いて歴代3位という超絶大ヒットした、2022年日本公開の「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」だろう。ここから「ノー・ウェイ・ホーム」のネタバレになるが、過去の映画版シリーズからトビー・マグワイアアンドリュー・ガーフィールドらも参戦し、トム・ホランドと併せて3人のピーター・パーカーが揃うという展開は、過去にない”映画体験”で当時は度肝を抜かれたものだ。ここからMCUへも続いていく、いわゆる”マルチバース展開”で、ファンサービスという意味でも一つの臨界点に達したのが、この「ノー・ウェイ・ホーム」だった気がする。今ではすっかりマルチバース作品だらけになってしまったが、まったく違う世界線から同じスパイダーマンという共通項をもったヒーローが集まり、お互いに助け合う物語には魅了されたものだった。

 

そして本作「アクロス・ザ・スパイダーバース」は、この”延々と繰り返されてきたスパイダーマン”というシリーズ構成だからこその物語になっており、単純なヒーロー映画としては屈折した楽しみ方が要求される作品になっている。シンプルにファンが興奮する要素を詰め込んだ、カタルシス抜群の「ノー・ウェイ・ホーム」のカウンターを意識しているようなストーリーで、決してストレートに楽しい映画にはなっていないのである。今作は3部作の2作目であり、完全に宙ぶらりんの状態で終わることもその大きな要因ではあるだろう。ちなみに前作「スパイダーバース」は、コミックス「アルティメット スパイダーマン」と同じく、従来シリーズのピーター・パーカーから、アフリカ系とヒスパニック系のハーフである”マイルス・モラレス”へと主人公が変更され、ニューヨーク・ストリートカルチャーの強い、新しいスパイダーマン像を確立した楽しい一作だった。特に父親ジェファーソンが部屋の扉ごしにマイルスに語り掛けるシーンなどの繊細な演出と、ダイナミックで新しい映像とのコントラストなども含めて、アニメーション映画の最新進化形として最高に楽しめる作品だったが、そんな前作と比べても本作はかなり異色の作り方になっていると思う。

 

 

そして、これは映画のキャッチコピーからも示されている。前作のコピーは「運命を受け入れろ。」だったのに対して、本作は「運命なんてブッつぶせ。」だ。これまでのスパイダーマンが行ってきた、「大いなる力には、大いなる責任が伴う」というヒーローとしてのテーマが揺さぶられる展開になるのである。ここから本作のネタバレになるが、今回の作品は主人公マイルスが「父親一人の命を救うか、世界全体を救うか」の選択を迫られる。過去のスパイダーマンシリーズでは、幼い頃に両親を失い、伯父夫婦であるベンとメイに育てられていたピーター・パーカーが、スパイダーマンとしての驕りのせいで、強盗によってベン叔父さんが殺されるという展開がシリーズの背景としてあり、それによってヒーローとしての責任に目覚めるという展開だった。だが、今回のマイルスは、世界を危険に晒しても”父親が死ぬ”という運命を拒絶する選択をすることになるのだ。さらにこの大事な人を亡くすことによって世界を救うという、”運命を受け入れてきた”多元バースのスパイダーマンたちが、「父親と世界の両方を救う」というマイルスを止めに来るという展開になっていく。ここに劇中で語られる「カノン・イベント」が関連してくる。

 

そもそも「カノン(Canon)」とは宗教用語における公式文書「正典」という意味と、音楽用語において同じ旋律やモチーフをずらして演奏することで、メロディが追いかけるような印象を与える作曲技法の両方の意味があるが、この広範囲に広がる”スパイダーマンユニバース”の主人公たちは、まるで同じ旋律が追っかけてくるように決まった運命に縛られてきたわけである。そしてこのお約束を守らないと、その世界そのものが滅んでしまうというルールが「カノン・イベント」だ。そしてミゲル・オハラは、多元宇宙からスパイダーマンたちを集め、このカノンイベントが阻止されないように「スパイダー・ソサエティ」なる組織を作っているという設定なのだが、この設定は今までのスパイダーマンの活躍を否定しているように見えるうえに、特に「ノー・ウェイ・ホーム」とは真逆の展開だと言える。苦悩しながらヴィランと戦ってきたヒーローであるはずのスパイダーマンたちが、「運命なんてブッつぶせ。」と新しい選択肢を取る若者を、寄ってたかって阻止しようとする話だからだ。このあたりは、特に過去のスパイダーマンファンにはかなり引っかかるところなのではないだろうか。また上映時間も140分と長いのだが、ストーリーのゴールが明確ではないので、やや推進力としては弱いのは否めない。

 

だが、もちろん良い点も多数ある。本作は「親と子」の話だが、自分の秘密を打ち明けられない子供と、その様子を不安に思う親というテーマは非常に感情移入できるし、強く感情を揺さぶられる。特に親側の視点の描写が秀逸で、スパイダーマンという数十年に亘る長い歴史を持つ作品だからこそなのか、親の視点に立った場面やセリフが多い。「親も成長する必要があるのかな」という父親ジェファーソンのセリフには共感させられるし、グウェンと警察官である父ジョージとの確執と和解にも泣かされる。妊娠中のスパイダーウーマンが登場したり、ピーター・B・パーカーにも娘が生まれていたりと、すべてにおいてこの「親と子」のテーマが張り巡らされているのは、これはスパイダーバースシリーズにおける大きなテーマなのだろう。さらに父親ジェファーソンと対になる存在としての”叔父アーロン”も登場して、本作のラストにおける展開はとにかく盛り上がる。

 

最後に本作において、絶対に避けては通れない要素として、アクションとビジュアルの素晴らしさがある。フィル・ロードクリストファー・ミラーらしい”レゴ世界”や、「ヴェノム」シリーズの雑貨屋の女性が実写で登場したりと、マルチバースだからこその表現が随所に溢れ、アニメーションもとてつもない情報量と動きで、スクリーンから目が離せない。本作については正直、”吹き替え版”がオススメだ。またキャラクターの感情そのものを、背景の配色や着色のタッチで表現しており、それをリアルタイムで変化させていたりと、今までにないアート的な表現を取り入れているのも面白い。冒頭からイタリア/ルネサンスタッチの敵が登場するが、全編に渡って古今東西のアートへのリスペクトを感じるのだ。注目してほしい部分以外の背景は、あえて荒いタッチで簡略化していたりと、画面に対してのこだわりとセンスがとにかく溢れている。この作品における1分あたりの作業量とコストを考えると、鑑賞料金の1,800円は相当に安い。おそらく、とんでもない才能とリソースが投入されているだろう。アニメーション映像表現のクオリティとしては、間違いなく後世に残る傑作だと思う。2024年公開が予定されている「スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース」には期待が高まるが、完全に次回作への橋渡し的な作品なので、完結編を観てから改めて見直したい作品だった。

 

 

8.0点(10点満点)