「ミッション:インポッシブル7 デッドレコニング PART ONE」を観た。
トム・クルーズ主演の大人気スパイアクション「ミッション:インポッシブル」シリーズの第7作が、コロナ禍を経て遂に公開となった。1996年にブライアン・デ・パルマ監督による映画版の1作目が公開されてから、ジョン・ウー、J・J・エイブラムス、ブラッド・バードらを経て、5作目以降の「ローグ・ネイション」「フォールアウト」「デッドレコニング」はクリストファー・マッカリーが監督を担当している。そして本作はシリーズ初の2部構成の作品となっており、トム・クルーズ演じるイーサン・ハントが活躍する、27年続いた人気シリーズがいよいよ幕を下ろそうとしているわけだ。共演はシリーズでもお馴染みのサイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソン、ビング・レイムス、バネッサ・カービーらに加えて、第1作に登場したユージーン・キットリッジ役のヘンリー・ツェーニーが再登場していることも話題になっている。予告編では崖からバイクで飛び降りるシーンが何度も流れていたが、あれを超えるアクションシーンはあったのだろうか?今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:クリストファー・マッカリー
出演:トム・クルーズ、サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソン、ビング・レイムス、バネッサ・カービー
日本公開:2023年
あらすじ
IMFのエージェントであるイーサン・ハントに、新たなミッションが課される。それは、全人類を脅かす新兵器を悪の手に渡る前に見つけ出すというものだった。しかし、そんなイーサンに、IMF所属以前の彼の過去を知るある男が迫り、世界各地で命を懸けた攻防を繰り広げることになる。今回のミッションはいかなる犠牲を払ってでも達成せねばならず、イーサンは仲間のためにも決断を迫られることになる。
感想&解説
前作「ミッション・インポッシブル:フォールアウト」は、2018年観た作品の中でもっとも感動した作品で、個人的な年間ランキングでも一位に選出した。それはストーリーそのものに感動した訳ではなく、スクリーンから迸ってくるトム・クルーズという俳優の決意と努力と勇気に感動し、アクションシーンが始まるたびに涙が止まらなくなってしまった為である。CGや合成を使えば、どんなアクロバティックなシーンでも安全に撮影が出来る時代にも関わらず、トム・クルーズはスタントマン無しでとんでもない高所から飛び降り、高速でバイクを運転し、自らヘリを運転する。そしてそれらがカメラの振動やブレ、太陽の日差しの動きといった空気感から間違いなくそこで行われた”リアルなアクション”であることが伝わってくるためだ。そのシーンが完成するまでに費やされたトム・クルーズ本人や制作スタッフたちの途轍もない努力と時間を想像すると、ひどく感動してしまったのである。それはこの作品を主演・プロデュースを兼任するトム・クルーズが、人生を賭けてこの映画を作っていることが、こちらに伝わってくるからだろう。
そして本作「デッドレコニング PART ONE」も、それとまったく同じ感動を与えてくれた作品だと思う。それにしてもトム・クルーズも61歳ということで、ブライアン・デ・パルマ監督の一作目が1996年と約27年前だったことを考えると、驚異的な体力だ。とにかくプロデューサーのトム・クルーズが最初に撮影したいアクションシークエンスを考えて、そのシーンから監督兼脚本家のクリストファー・マッカリーが全体のプロットを練っていくというスタンスから解るように、シナリオの起伏よりもアクションのケレンを最大限に魅せていく作品であり、まさに主演俳優が走り跳び、躍動する姿を大画面で堪能するという”アクション映画”の魅力がフルに伝わってくる作品だろう。これだけ世間にはアクション映画が溢れているにも関わらず、なぜこれだけ凄まじいシークエンスが撮れるのか??本当に上映時間の163分があっという間に過ぎていく面白さだ。こういう作品こそ映画館、更にできればIMAXの高画質で観たほうが良いし、その価値は十分にある作品だろう。
ただしアクションの質の高さとは裏腹に、ストーリーはほとんど意味不明だ。本作は人類のすべての現実認識を改変できるAIをコントロールできる、二つの”カギ”を巡る物語で、まさしくこの鍵がマクガフィンとなり、本作のキャラクターたちがこのアイテムを奪い合うというストーリーなのだが、二つを重ねることで使用可能になるこの鍵は、ヘイリー・アトウェル演じるグレースという”チートキャラ”が介入することで、簡単に持ち主が行き来してしまう。グレースは”スリ”という設定なのだが、彼女の存在があまりに万能で都合のよいキャラになっているのだ。さらにこのすべての事柄が予知でき改変できるAIというのも、敵として抽象的すぎるし、最終的にカギを巡っての攻防戦という以上に細かい脚本上の考察はほとんど無意味な作品だと思う。ここからネタバレになるが、劇中でレベッカ・ファーガソン演じるエルサが、今回の悪役であるガブリエルと戦った末に命を落とす展開になるのだが、なぜあのシーンでエルサはガブリエルと戦わなければいけなかったのか?もイマイチよく分からない。あの時点でカギのひとつはホワイトウィドウが持っていて、もうひとつはグレースが持っているはずだし、翌日の列車の中での取引きも決まっているのだから、あの時点では何も持っていないガブリエルと戦う意味がよく分からない。
よってエルサの死もあまりドラマチックにならず、本来はイーサンにとっては重要な意味を持っていたはずのエルサ最期のシーンがかなり淡泊になってしまっている。これではグレースという新しいヒロインの登場のため、エルサには退場してもらわなくてはいけないという作り手の事情があまりに透けて見えてしまうのだ。個人的にエルサは大好きなキャラクターだったので残念だった。とにかくお話としては2時間43分の映画の割に、ほとんど進展する事もなく特筆する点もない作品だと思う。では本作が退屈な作品かといえば、これがとんでもない。前述のようにアクションによる見せ場の連続で、この長尺の割にまったく飽きる事がないのが見事だ。これは逆に凄いことだと思う。観客の興味を引っ張ることに特化したシチュエーション設定とアクションシーン構築で、まったく集中力が途切れることがないのだ。またかなりテンポの良い編集で、説明的なダラダラしたシーンがないのも好感が持てる。とにかくトム・クルーズの本気アクションという、他のアクション映画と差別化できるウリを最大限に活かした映画となっている。
冒頭のアブダビでの銃撃戦から、イタリア・ローマにおける黄色いフィアット500のカーチェイス、ヴェネチアの全力ダッシュ&格闘シーンなど、それぞれのアクションシーンにおいて目立った特徴があり、これも観客を飽きさせない理由のひとつだろう。特にローマにおけるカーチェイスは、手錠で繋がれたイーサン・ハントとグレースが運転しにくいフィアットを悪戦苦闘しながら操縦するという、往年のスラップスティックコメディを意識したような場面になっており、かなり笑える。これは作り手も意識的なのではないだろうか。そしてラストの場面におけるノルウェーの列車シーンも、過去から脈々と繋がるハリウッドのアクション映画史を意識したようなシーンになっているのだが、走る列車の上で格闘するという過去に何度も観てきた場面なのにフレッシュだ。これはVFXとの合成シーンではなく、本当に走っている列車の上で俳優にアクションさせた上に、本物の蒸気機関車を作りそれを最後は破壊するというとてつもない撮影をしているからだろう。こんなことはトム・クルーズと「ミッション・インポッシブル」シリーズにしか出来ない事だ。ちなみにラストの列車アクションは、ブライアン・デ・パルマによる一作目へのオマージュもあるのだろうが、これもニクい設定だと思う。
そしてもちろん本作の白眉は、予告でも何度も観たバイクによる崖からのダイブシーンだ。なんと15か月間の準備期間を要し、536回のジャンプ練習を行った上でヘリに取り付けられたカメラによって撮影されたこのシーンは、過去のどのスタントよりも危険だったらしい。これこそノースタントでトム・クルーズ自身がジャンプしていることが、ありありとスクリーンに映し出されており、ものすごいインパクトの場面になっている。監督のクリストファー・マッカリーは、「アクション映画を撮るときの課題は通常、スタントを行うのが俳優ではなくスタントマンである事実を隠すことなのだが、このシリーズでは逆なんだ。トム・クルーズ自らがスタントしていることを見せる技術が常に必要だ。」と語っているが、これこそ本シリーズのもっとも特徴的な点だろう。ある意味で、この夏に公開された「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」とは真逆のコンセプトで、正直アクション映画としての格は本作の方が数倍上だと感じる。とはいえこのバイクジャンプのシーンは、予告編で観すぎてしまっていた為、初見のインパクトという意味では薄れてしまっていたが、これはマーケティング的には仕方ない事なのだろう。
映画館での鑑賞料金分の価値は確実にある作品だと思うし、これこそ夏のハリウッド超大作として絶対に観るべ映画だと思う。しかもサイレント映画時代のバスター・キートンや「大列車強盗」などから続く、アクション映画の古典をもう一度現代に蘇らせつつ、今の技術がないと絶対に作れないハイエンドの作品を作ることで、もう一度映画館に人を集めるのだという、映画人トム・クルーズの心意気を感じる傑作だった。もしかすると作品としての完成度は、前作「フォールアウト」に軍配が上がるかもしれないが、作品から作り手のメッセージを強く感じるという意味では、コロナ禍明けのハリウッド作品として重要な映画になる気がする。とにかく今は、今作を超えるスタントシーンがあるらしいという、2024年公開予定の「デッドレコニング PART TWO」が楽しみで仕方ない。
8.5点(10点満点)