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映画「名探偵ポアロ ベネチアの亡霊」ネタバレ考察&解説 原作を大きく改変してまで、作り手が目指した今回の作品モチーフとは?

「名探偵ポアロ ベネチアの亡霊」を観た。

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ベルファスト」で第94回アカデミーで脚本賞を受賞した、ケネス・ブラナーが手掛ける人気シリーズ「名探偵ポワロ」の第3弾。本作でもケネス・ブラナーは監督・製作・主演を担当しており、お馴染みとなった名探偵のエルキュール・ポワロを演じている。アガサ・クリスティ原作を映画化した本シリーズとしては、「オリエント急行殺人事件」「ナイル殺人事件」に続く作品で、原作は「ハロウィーン・パーティ」。出演は「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」でアカデミー主演女優賞を受賞したミシェル・ヨー、「ベルファスト」でも起用されていたジェイミー・ドーナンとジュード・ヒル、「シャーロック・ホームズ」シリーズのケリー・ライリー、「デート&ナイト」のティナ・フェイら。イタリアの水上都市ベネチアを舞台に、不可解な殺人事件に挑むポワロの活躍を描いた本格ミステリーだ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ケネス・ブラナー
出演:ケネス・ブラナーミシェル・ヨージェイミー・ドーナン、ジュード・ヒルケリー・ライリー
日本公開:2023年

 

あらすじ

ミステリアスで美しい水上の迷宮都市ベネチア。流浪の日々を送る名探偵エルキュール・ポアロは、死者の声を話すことができるという霊媒師のトリックを見破るために、子どもの亡霊が出るという謎めいた屋敷での降霊会に参加する。しかし、そこで招待客が殺害される事件が発生し、犯人が実在するかさえ不明な殺人事件に戸惑いながらも、ポワロが真相究明に挑んでいく。

 

 

感想&解説

2017年の「オリエント急行殺人事件」から始まった、ケネス・ブラナー自身がエルキュール・ポアロを演じ監督も手掛ける、「名探偵ポワロ」のシリーズも今回で第3弾ということで、本人もお気に入りのシリーズなのだろう。オリエント急行殺人事件」は今観るとペネロペ・クルスウィレム・デフォージュディ・デンチジョニー・デップミシェル・ファイファーデイジー・リドリーオリヴィア・コールマンと途轍もない”オールスター映画”になっており、新シリーズの幕開けに相応しい派手な作品になっていた。続く2022年の「ナイル殺人事件」も、ガル・ガドットアーミー・ハマーアネット・ベニング、そして前作でブーク役を演じたトム・ベイトマンも再登場し、前作に比べればかなりトーンダウンは否めないが、それでもなんとかスター映画としての豪華さはあった作品だと思う。

そして「ナイル殺人事件」から約1年という短いインターバルで登場したのが、本作「ベネチアの亡霊」だ。アガサ・クリスティーによる原作は1969年に発表された「ハロウィーン・パーティ」で、ポワロシリーズの31作目にあたる。長編ポワロシリーズとしては全33作なので、かなり後期の作品にあたる。それにしても、「オリエント急行の殺人」「ナイルに死す」というメジャー作品の次は、「アクロイド殺し」でも「ABC殺人事件」でも「スタイルズ荘の怪事件」でもなく、「ハロウィーン・パーティ」という意外なチョイスには驚かされた。というのも、この「ハロウィーン・パーティ」の原作は、13歳の子供が殺人事件の被害者となるストーリーのうえに、そこまで評価/知名度共に高い作品ではないからだ。なぜ数あるアガサ・クリスティー原作の中から、あえてこの作品を映画したのか?が疑問だったのである。

 

そこで実際に映画を鑑賞してみると、この「ベネチアの亡霊」はこれまでの作品以上に大きく原作を改変しており、ほとんど”別の作品”だと言っても良いレベルで内容を変えられている事に気付く。これは流石に原作どおりのタイトルは付けられないため、「A Haunting in Venice(ベネチアの幽霊)」大きく変えたのだろう。とにかく登場人物も変わっていれば、殺人の動機から被害者まで変わっているのだ。設定も子供の亡霊が出るという屋敷を舞台にした、”たった一夜”の限定的な話になっており、全体的にまったく違う作品になっているので、正直これはアガサ・クリスティーファンには、賛否両論あると思う。ここから今作は、ポワロという探偵の設定を借りながら、映画製作者たちが”やりたいテーマ”を成就するために、あえてこの作品を選んだのだと推察する。だからこそ原作がそれほど有名ではない、「ハロウィーン・パーティ」をチョイスしたのではないだろうか。さすがに「ABC殺人事件」のような有名な作品の内容を大きく変える訳にはいかないからだ。そして本作で作り手がやりたかったモチーフとは、ずばり「ジャッロ映画」だろう。

 

 

「ジャッロ映画」とは、1960年代に始まったイタリアで黄色い表紙が多かった犯罪小説の映画化のことで、イタリア語で「黄色」を意味する「ジャッロ」を語源としている。それから「四匹の蠅」「オペラ座/血の喝采」などのダリオ・アルジェント監督や、「知りすぎた少女」「モデル連続殺人!」などどマリオ・バーヴァ監督、「マッキラー」などのルチオ・フルチ監督らが手がけた、ホラー色の濃いサスペンス映画を指すようになった言葉だ。殺人というミステリーとしての謎解き要素に、ホラー的な視覚的刺激をミックスさせたようなイタリア作品のことで、元々はアルフレッド・ヒッチコック監督の1960年「サイコ」や、アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督の1955年「悪魔のような女」あたりから影響を受けた作品群とされている。そこに狂気や偏執病、幻覚といった心理学的なテーマを取り入れた作風のため、本作「ベネチアの亡霊」では”ポワロ版ジャッロ映画”を追求したかったのだろうと感じる。流石にレーティングの問題で、過度な流血シーンなどは難しかったと思うが、あくまで”作品モチーフ”として採用したのだと想像した。

 

映画の発端として、引退しベネチアで隠居生活をしていた探偵ポアロが、作家であるミセス・オリヴァーにせがまれて降霊会に参加することになるという設定からは、イタリアのベネチアを舞台にすることの必然性を感じないのだが、原作ではロンドン近郊のウッドリー・コモンという村が舞台だったのを、あえてイタリアに変更しているのもこの”ジャッロ感”のポイントだろう。さらにこのミシェル・ヨーが演じるレイノルズという女性霊能者が、「死者の声が聞こえる」として行う交霊会からしても、本作はかなり”ホラーテイスト”が強いことが分かる。このあたりのシーンはやはりジャッロ映画の代表的な作品である、ダリオ・アルジェント監督「サスペリアPART2」の序盤における、心霊学会のシーンなどを思い出してしまうが、やはり前二作とは大きく違い、今回のポワロ映画はイタリアン・ホラーの世界観を目指した作品だと感じる。突然背後に濡れた少女を立たせたり、タイプライターの大きな音などによるジャンプスケアも用意されていて、ホラー映画の様式美とお約束が忠実に守られているのである。

 

ここからネタバレになるが、とはいえオカルト的な超常現象ではなく、名探偵ポワロシリーズらしく”ロジック”によってミステリを成立させているので、そこは一安心といったところだろう。今作のポアロは序盤こそ徹底した合理主義者として、「交霊などトリックだ」「霊などいない」と宣言しているのだが、中盤以降は少女の亡霊や声に怯えるようなシーンが増えてきて、”世界一の名探偵”としての精彩を欠く展開となる。アリシアが死んだ事件の真相を探りながら、霊媒師レイノルズと密室で死んでいたドクターフェリエを殺した犯人を捜査するポアロ。これはどういう結末になるのだろうと観ていると、娘を自分の元から恋人に奪われたくないという動機で毒を仕込んでいた、実母ロウィーナが真犯人だったことが判明する。さらにポワロが見ていた幻覚は、すべて”毒による幻覚だった”という事で、破綻はしていないものの小じんまりとした真相が語られ、本作は幕を閉じることになる。もちろんこれはポワロを主人公にしている以上、「本当に幽霊の仕業だった」という結末にする訳にはいかないという理由だろうが、幻覚ネタはやや安易だったという率直な印象だ。かつ交霊会の時にレイノルズが、どうやってアリシアの声で語り掛けたのか?というトリックの謎や密室の部屋のなかで背中から刺されていたフェリエ医師が、実はロウィーナに自殺を強要された結果だったという展開も、やや納得しづらい。自殺しなくても息子を守る術はいくらでもあるだろう。

 

キャスト陣としては「ベルファスト」の主人公として登場していた男の子、ジュード・ヒルの表現力には驚かされた。ケネス・ブラナーの秘蔵っ子なのかもしれないが、他の監督作でもぜひ観てみたい逸材だと思う。全体的には終盤の性急な展開もあり、様式美としての画作りも凝っているので103分の上映時間は退屈しないが、キャスト陣も非常に地味なこともあり、ハリウッドの”大作ミステリ感”はかなり後退したと言える。しかも本作はジャッロ映画をモチーフにしていると思われる為、画面は暗くて閉鎖的だ。フィックスの広角レンズを使ったショットが随所に挟み込まれ、過去シリーズに比べるとエンタメ性というより芸術性を優先させた映画だと言えるかもしれない。ラストでは”まだポワロは引退しない”という宣言もあったため、本シリーズはこれからも続くのだと思うが、個人的にはもう一度「オリエント急行殺人事件」のような豪華キャスト陣での、「アクロイド殺し」か「ABC殺人事件」のようなメジャーなクリスティ作品が観てみたいと思う。

 

 

6.0点(10点満点)