「グランツーリスモ」を観た。
「第9地区」「エリジウム」「チャッピー」といった数々のSF映画を手掛けてきたニール・ブロムカンプ監督が、日本発のプレイステーション用ゲーム「グランツーリスモ」から生まれた実話を映画化したレーシングアクション。出演は「ミッドサマー」のアーチー・マデクウィ、「ロード・オブ・ザ・リング」「パイレーツ・オブ・カリビアン」のオーランド・ブルーム、「バイオレント・ナイト」「ブラック・ウィドウ」のデビッド・ハーバー、「ブラッド・ダイヤモンド」「ワイルド・スピード SKY MISSION」のジャイモン・フンスーなど。本作で主人公として描かれた実在のヤン・マーデンボロー自身が、スタントドライバーとして参加している。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ニール・ブロムカンプ
出演:アーチー・マデクウィ、オーランド・ブルーム、デビッド・ハーバー、ジャイモン・フンスー
日本公開:2023年
あらすじ
ドライビングゲーム「グランツーリスモ」に熱中する青年ヤン・マーデンボローは、同ゲームのトッププレイヤーたちを本物のプロレーサーとして育成するため競いあわせて選抜するプログラム「GTアカデミー」の存在を知る。そこには、プレイヤーの才能と可能性を信じてアカデミーを発足した男ダニーと、ゲーマーが活躍できるような甘い世界ではないと考えながらも指導を引き受けた元レーサーのジャック、そして世界中から集められたトッププレイヤーたちがいた。そして彼らは想像を絶するトレーニングや数々のアクシデントを乗り越え、ついにデビュー戦を迎える。
感想&解説
プレイステーションゲーム「グランツーリスモ」の映画化ということで、当初は全く食指が動かなかったのだが、監督がニール・ブロムカンプと聞いて、俄然興味が出た本作。しかも評判もすこぶる良いという事で鑑賞してきた。ニール・ブロムカンプ監督といえば、やはり2009年の「第9地区」が代表作になると思うが、その後もマット・デイモンを主演に迎えたSF映画「エリジウム」や、人工知能ロボットを主人公にした「チャッピー」など、主にSFジャンルで意欲的な作品を残してきた監督だと思う。その後、有名ホラーフランチャイズの「エイリアン5」を手掛けるという噂も出たが頓挫したらしく、しばらく音沙汰がなかったところで「デモニック」というSFホラー的な小規模作品を発表。しかし興行的に失敗し、暗雲が立ち込めたところに本作の大ヒットで華々しい復活を遂げたという事で、やはり映画監督として実力があるのだろう。元々はソニー側から監督への持ち込み企画だったらしいが、このテーマでブロムカンプ監督に脚本を持ち込んだソニーの慧眼には驚かされる。
当初はストーリー性のあるゲームではなく、レースゲームでありドライビングシミュレーターである「グランツーリスモ」を、どうやって映画化するのか?と不思議に感じたが、本作には見事な回答が用意されていた。いわゆる一般的なゲームの世界観を映画化した、「モンスターハンター」や「アンチャーテッド」のような作品ではなく、「グランツーリスモ」というゲームを使ってプロレーサーを育てたという物語で、他に類を見ない映画となっているのだ。監督インタビューを読むと、「ロッキー」や「ベスト・キッド」のような作品に近いテーマを感じ、そういう映画にしたかったと語っているが、まさに本作は”青年の成長譚”と”師匠と弟子の友情もの”という、ド直球のスポーツ映画だったと思う。しかも10代のゲーマーが、本当にプロのレーシングドライバーになった、ヤン・マーデンボローの実話に基づいていた物語ということで、にわかには信じられないストーリーなのだが説得力は高い。逆にこれがフィクションだったら、あまりに”出来過ぎた話”だと鼻白んでしまったかもしれない。
やはり本作で面白いのは、イギリスの地方に家族と暮らし、漠然とレース業界に夢を持つただの青年が主人公だという点だろう。元プロサッカー選手の父親に外でサッカーでもしろと言われ、同じく体育会系の弟と比較され、大学はドロップアウトしていて得意なことはゲームだけという主人公は、世界にごまんといる我々一般人の投影だからだ。そんな中、オーランド・ブルームが演じる日産のマーケティング担当であるダニー・ムーアが、ゲームのトッププレイヤーを現実のカーレーサーへと教育していく「GTアカデミー」を立ち上げたことで、ヤンの人生が文字通り”走り始める”のである。そしてそこにデヴィッド・ハーバー演じるトレーナー、ジャック・ソルターがダニーの構想に加わることになり、彼らはトレーニングを通じて、チームになっていくのだ。だからこそ観客は、最初からレーサーではなく自分と同じ立場にいたヤンに感情移入して、彼を応援できる。ここが過去のレース映画とは一線を画すポイントだろう。
本作を魅力的にしているのは、このジャック・ソルターの存在が大きい。冒頭から彼は、いまだに「カセットウォークマン」で音楽を聴いているようなアナログ人間であることが明示される上に、聴いている曲はブラック・サバスの「Paranoid」だ。もちろんこの曲はヘヴィメタルの元祖と言われるブラック・サバスが発表した、ロック史上に輝く大名曲であることは間違いないのだが、オジー・オズボーンが在籍していたころの1970年にリリースされた楽曲で、もう50年以上前の曲だ。他にもホテルでジャックを待つ間に聴いている曲もブラック・サバスの「War Pigs」で、同じく彼らのセカンドアルバム「Paranoid」の1曲目の収録曲である。これは彼がブラック・サバスのファンである事を描くと同時に、ある意味で時代に合わせてアップデートしていない、世の中と迎合しない中年男性であることを示唆しているのだろう。本作において音楽という要素はキャラクター設定で大きな役割を果たしていると思う。中盤でヤンがジャックに日本のお土産として、ポータブルオーディオプレイヤーをプレゼントするシーンがあったが、最初は大反対していたゲーマーをレーサーにするというプロジェクトに対し、ヤンと出会ったことでジャックが理解し始め、彼の古い価値観が変わり始めたことを音楽プレイヤーのアップデートと共に描いているのである。事故の後、自らも事故を起こしてレーサーとして引退したことを告げ、「走ることを楽しめ」と二人でドライブするシーンは、ボン・イヴェールの名盤でありセカンドアルバム『Bon Iver, Bon Iver』から、「Wash.」がかかる非常に美しいシーンだった。
そして本作においてヤンの周囲にいる大人として、このジャックと対比するように配置されている、父親スティーヴ・マーデンボローの存在も大きい。彼はヤンの夢を認められず、ゲームが何よりも好きだと言う息子の価値観が理解できない。その為に冒頭では、ヤンの行く手を遮る障害としての立ち位置になっている。彼が「GTアカデミー」における最初のオーディションのレースに間に合うか?というシーンは、父親の職場で無理に働かされている場面から、自転車に乗って自分から夢に向かって走り出すという場面になっており、これはヤンにとっての親離れであり”通過儀礼”を意味している。この父親役のジャイモン・フンスーは、エドワード・ズウィック監督の2006年「ブラッド・ダイヤモンド」におけるソロモンというキャラクターが印象的な役者だが、旧世代の強い価値観に引きずられ、素直に息子と接することができない父親を見事に体現していたと思う。だからこそラストの大勝負であるル・マン24時間レースの前に、息子と涙ながらに和解するシーンが感動的なのだ。この映画は青年の成長譚であると同時に、古いアイデンティティを持ち続けている大人たちの価値観が、「グランツーリスモ」というゲームを通じてアップデートしていく物語でもあるのだろう。
非常に綺麗にまとまったエンターテインメント作品であり、胸熱展開に心を動かされる映画であることは間違いないのだが、実は不満な点もある。それは映画の冒頭からエンディングまで、あまりに予定調和であり意外なことがまったく起こらないことだ。ここからネタバレになるが、もちろん実話ベースの物語だし、大枠の展開については仕方ないだろう。それにしても、あるゲーマーの青年が「GTアカデミー」に入り、そこでの厳しいテストにクリアしてレーサーとして選抜され、実戦ではプロレーサーたちとの戦いで苦戦しながらも遂にライセンスを取得。しかしプライベートも充実して幸せの絶頂期にレース中に大事故を起こし、失意でレーサーの道を諦めかける。さらにレーシングチームも解体されるかもしれないという絶体絶命の時、恩師の励ましによって再びハンドルを握ることを決めた主人公が、最後の大レースに出場して勝利を勝ち取るというストーリーには一定の感動はあるが、まったく”驚き”がないのである。映画ストーリーとしてのクリシェに頼り過ぎており、安定感はあるがスリルが無く、ほとんど先の展開が読めてしまう。しかもこのダニー・ムーアという人物が、この「GTアカデミー」を通して、結局何をしたかったのか?も描かれておらず、彼がなぜこれほど信念を持ってこのプロジェクトに賭けているのかも不明なままの為、非常に悪い言い方をすると、「グランツーリスモ」及び「プレイステーション」のPR映画を観ている気分になってくるのである。このプロジェクトを通じて、彼が世に訴えたかったことが伝わると、より面白い題材になったと感じる。
とはいえ、レースシーンの見事さには目を見張るものがあるし、十分に面白い作品であることは間違いない。過去にも「栄光のル・マン」「グラン・プリ」や「ラッシュ/プライドと友情」、近作でも「フォードvs.フェラーリ」などのレースを題材にした名作は多いが、それらに引けを取らない新たなレース映画であり、ゲーム映画の良作だと思う。特に普段、洋画をあまり観ない方々にはゲームを題材にしているという事もあり、満足度の高い一作になっているのではないだろうか。マニアックな世界観のSF作家というイメージだった、ニール・ブロムカンプ監督の復帰作であり、初のオリジナル脚本ではない作品だったが、職人監督としても十分に通用することを世に知らしめた一作だったと思う。
7.0点(10点満点)