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Netflix映画「ザ・キラー(2023年)」ネタバレ考察&解説 役者良し!映像良し!音楽良し!だがフィンチャーなのに、何故か退屈なノワールサスペンス!

Netflix映画「ザ・キラー(2023年)」を観た。

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「セブン」ファイト・クラブ」「ソーシャル・ネットワーク」「ゾディアック」「ゴーン・ガール」などの傑作を撮り続けてきたデヴィッド・フィンチャー監督が、前作「Mank マンク」に続いて、Netflixオリジナル作品として手がけたノワールサスペンス・スリラー。「セブン」のアンドリュー・ケビン・ウォーカーが脚本を手がけて、撮影は「Mank マンク」でアカデミー撮影賞を受賞したエリック・メッサーシュミット、音楽を「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」などのトレント・レズナー&アティカス・ロスが担当しており、フィンチャー組が勢ぞろいしている。出演は「それでも夜は明ける」「スティーブ・ジョブズ」のマイケル・ファスベンダー、「コンスタンティン」「デッド・ドント・ダイ」のティルダ・スウィントン、「Mank マンク」のアーリス・ハワード、「トップガン マーヴェリック」のチャールズ・パーネル、「ディック・ロングはなぜ死んだのか?」のサラ・ベイカーら。第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品されている。Netflixでは2023年11月10日から配信だが、一部劇場で先行公開されている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:マイケル・ファスベンダーティルダ・スウィントン、アーリス・ハワード、チャールズ・パーネル、サラ・ベイカ
日本公開:2023年

 

あらすじ

ある暗殺者の男は、どんな時も冷静沈着で計画通りに淡々とスマートに殺人行為を遂行していた。しかし、彼はニアミスで暗殺に失敗してしまったことで岐路に立たされてしまう。彼は依頼主や自分のモットーに抗いながら、世界を舞台にした追跡劇を繰り広げることになる。

 

 

感想&解説

「セブン」「ゲーム」「ファイト・クラブ」「ソーシャル・ネットワーク」「ゾディアック」「ゴーン・ガール」など、独特の作家性で唯一無二の作品を送り出してきた監督デヴィッド・フィンチャー前作2020年のNetflixオリジナル作品「Mank マンク」では、ゲイリー・オールドマンを主演に迎え、第93回アカデミー賞では作品、監督、主演男優、助演女優、音響賞など最多の計10部門でノミネートされ、撮影賞と美術賞の2部門で受賞している。今作「ザ・キラー」は「セブン」ファイトクラブ」でタッグを組んだ、アンドリュー・ケビン・ウォーカーが脚本を手がけており、撮影は「Mank マンク」でアカデミー撮影賞を受賞したエリック・メッサーシュミット、音楽は「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」など、フィンチャー作品ではお馴染みのトレント・レズナー&アティカス・ロスが担当しており、まさに現時点のデヴィッド・フィンチャー集大成的なスタッフ布陣となっている。

個人的には現存する映画監督の中でも屈指の才能を持っていると感じる、デヴィッド・フィンチャーの最新作がNetflix配信に先駆けて劇場公開されたので早速鑑賞してきたが、結論としては期待値が高すぎたのかもしれない。1995年「セブン」が生涯ベスト10に入るくらい好きなので、アンドリュー・ケビン・ウォーカー脚本ということで、ツイストの効いたストーリーが楽しめると思ったのだが、どうやらフランスのグラフィックノベルが原作の作品らしく、本作はストーリーとして極限までシンプルに削ぎ落したストイックな作りになっている。よって「ゴーン・ガール」のような、いわゆる映画のストーリーとして強い推進力のある作品ではなく、50~60年代のノワール作品に影響を受けた、いわゆる”ネオ・ノワール”の流れを感じる作風なのだ。よって、本作はNetflixの配信での鑑賞よりも、圧倒的に劇場で観た方が良い作品だろう。この映画、家では集中力が途切れてしまうかもしれない。

 

ストーリーとしては本当にシンプルで、冒頭のシーンである男の暗殺をミスした殺し屋が、その報復によって自分の妻(もしくは恋人)が暴行を受けたことにより、その報復を果たしていくというもので、ほとんど一本道のストーリーだ。やたらと数字やデータにこだわり、プロとしての哲学を延々と自分語りするマイケル・ファスベンダー演じる主人公の暗殺者が、アルフレッド・ヒッチコックの「裏窓」におけるジェームズ・スチュアートばりに、窓から向かいのビルを延々と観察する場面から映画は幕を開けるのだが、なんと冒頭の暗殺からミスを犯してしまう。この時点で観客としては、この暗殺者の実力に対して、「この男、本当に大丈夫か?」と疑念を抱いてしまうのだが、その後の彼の行動は”念には念を入れて”の逃亡劇となる。そしてその後、暗殺者の妻が重傷を負わされてた事を知った暗殺者は、妻の兄に「こんな事は二度と起こさない」と誓い、その復讐に燃えることになる。

 

 

些細な証言から緑色のタクシーを追ったり、番犬対策で睡眠薬を混ぜたエサを食わせたり、amazonで扉のロックを開ける装置を買ったりしながら、淡々と獲物を一人ずつ殺していく暗殺者。「予測しろ、即興で行動するな、相手を決して優位に立たせるな」と殺し屋としての哲学を心の中で呟きつつもフランス、ドミニカ共和国ニューオーリンズ、ニューヨーク、シカゴと世界を旅しながら、まったく無慈悲に人を殺していく様子はフレッド・ジンネマン監督の「ジャッカルの日」における暗殺者ジャッカルや、ジャン=ピエール・メルヴィル「サムライ」のアラン・ドロンを思わせる。その中でも唯一のアクションシーンである、フロリダでの殺し屋の大男との格闘シーンは実際にかなり身体を張った場面になっていたとは思うが、如何せん画面全体が暗くて動きの詳細が分からない。とにかく作品全体がこの寸止め感のバランスで作られていて、決して安易にカタルシスを感じさせてくれる映画ではないのだ。

 

マイケル・ファスベンダー以外では、知名度のある俳優であるティルダ・スウィントンとの共演シーンも、熊に武器で対抗するがいつも犯されてしまう猟師のエピソードが語られていたが、これは”熊を倒しに行く”というのはただの建て前上の名目であり、男の真の目的は実は犯されることだった(別の目的があった)というブラックジョークだ。だが目に見えている目的の裏には、真の目的が隠されているのだという、彼女のこのエピソード自体も特に脚本として活きてこない。そんな彼女も、やはりあっさりとファスベンダーの銃によって殺されてしまうからだ。実はティルダ・スウィントンにも裏の作戦があったとか、それによってファスベンダーが窮地に陥るという展開もなく、本当に全てが薄味に処理されていくのだ。そういう意味では、あまりサスペンスの要素で楽しませる気がなく、コメディ要素が強すぎる作品なのだ。

 

だが本作は、”マイケル・ファスベンダー祭り”な一作なのは間違いない。113分の上映時間中、ほとんど画面に出ずっぱりのファスベンダーは、寡黙に暗殺の用意をして対象者を殺していく。1988年に製作された、ジョルジュ・シュルイツァー監督の「ザ・バニシング 消失」というサスペンスがあったが、犯人である男が女性を誘拐しようと何度もシミュレーションしたり、自らクロロフォルムを嗅いで寝ている時間を計ったりしながら、入念な犯罪リハーサルをする様子を描いていたが、本作の主人公にもそれに近い演出を感じる。スーパーや銃の密売人から殺しの道具を買い物しては準備をし、使い終わったらどんどんとアイテムを捨てていく暗殺者。80年に活躍したイギリスのロックバンド「ザ・スミス」をこよなく愛し、「How Soon is Now?」「I Know It’s Over」などを聞きながら集中力を高める彼は、この作品の中だけではどんなバックボーンを持つキャラクターなのかは、ほとんど分からない。だが、マイケル・ファスベンダーのほとんど動かない表情と鍛えられた肉体だけで、映画のキャラクターとして魅力的な人物になっているのは事実だ。

 

ザ・スミスの楽曲が11曲も使用され、「ナイン・インチ・ネイルズ」のトレント・レズナー&アティカス・ロスが手掛けたサウンドトラックも、相変わらずカッコいい。エリック・メッサーシュミットの撮影も陰影のコントラストと見事なライティング、それから手前の人物と奥の背景とで交互にピントを合わせるショットなど、画作りも恐ろしく冴えている。役者、撮影、音楽、照明、編集と映画を取り巻く要素については、惚れ惚れするようなクオリティで映像作品として一級品なのは間違いないのだが、本作は圧倒的に脚本が弱いと思う。これはNetflixオリジナル作品だということも関係しているのかもしれないが、久しぶりにデヴィッド・フィンチャーが手掛けるサスペンス・スリラーということで期待値がマックスに上がっていた分、正直やや落胆した一作であった。個人的にはもう一度メジャー系配給会社で作られた大作サスペンスが観たいのだが、「ラブ、デス&ロボット」などのドラマシリーズも手掛けNetflixとは蜜月の関係にある、今のフィンチャーのスタンスでは叶わぬ夢なのかもしれない。

 

 

6.0点(10点満点)