映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

エンタメ系会社員&バンドマンの映画ブログです。劇場公開されている新作映画の採点付きレビューと、購入した映画ブルーレイの紹介を中心に綴っていきます!

映画「ナポレオン」ネタバレ考察&解説 あのミイラを見つめるシーンは?なぜロシア人は自ら建造物に火を放ったのか?急ぎ足でナポレオンの半生を描いた、フランス史の復習が必要な恋愛映画!

映画「ナポレオン」を観た。

f:id:teraniht:20231202002557j:image

ブレードランナー」「グラディエーター」「オデッセイ」などの巨匠リドリー・スコット監督が、前作「ハウス・オブ・グッチ」から2年弱という短いインターバルで公開した歴史スペクタクル。フランスの英雄ナポレオン・ボナパルトをテーマに、上映時間2時間38分の中で彼の人生のハイライトを凝縮して描いている。出演は「ジョーカー」のホアキン・フェニックス、「The Son 息子」のバネッサ・カービー、「モーリタニアン 黒塗りの記録」のタハール・ラヒム、「オペレーション・ミンスミート ナチを欺いた死体」のマーク・ボナーなど。脚本は「ゲティ家の身代金」でリドリー・スコットとタッグを組んだデビッド・スカルパ、撮影は「ハウス・オブ・グッチ」「最後の決闘裁判」のダリウス・ウォルスキーの他、美術はアーサー・マックス、編集はクレア・シンプソン、衣装はジャンティ・イェーツと長年のリドリー・スコット常連スタッフが多く参加している。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:リドリー・スコット
出演:ホアキン・フェニックス、バネッサ・カービー、タハール・ラヒム、マーク・ボナー
日本公開:2023年

 

あらすじ

18世紀末、革命の混乱に揺れるフランス。若き軍人ナポレオンは目覚ましい活躍を見せ、軍の総司令官に任命される。ナポレオンは夫を亡くした女性ジョゼフィーヌと恋に落ち結婚するが、ナポレオンの溺愛ぶりとは裏腹に奔放なジョゼフィーヌは他の男とも関係を持ち、いつしか夫婦関係は奇妙にねじ曲がっていく。その一方で英雄としてのナポレオンは快進撃を続け、クーデターを成功させて第一統領に就任、そしてついにフランス帝国の皇帝にまで上り詰める。政治家・軍人のトップに立ったナポレオンと、皇后となり優雅な生活を送るジョゼフィーヌだったが、2人の心は満たされないままだった。やがてナポレオンは戦争にのめり込み、凄惨な侵略と征服を繰り返すようになる。

 

 

感想&解説

まさにリドリー・スコットらしい、歴史超大作である。そして観るなら絶対に映画館で鑑賞すべき作品だし、なるべく大きくて音響の良いスクリーンで鑑賞してこそ、本作の真価は感じられるだろう。総勢8000人のエキストラを投入し、最大11台のカメラで同時撮影したという戦闘シーンには、「ベン・ハー」や「アラビアのロレンス」のような風格すらあるが、入り乱れる兵士と馬たちは実在する生物だからこその迫力がある。そしてもっとも本作で意識されているのは、スタンリー・キューブリック監督の「バリー・リンドン」だろう。特に栄枯盛衰を描いたテーマや、ロウソクでの光のシーンや戦闘シーンの描き方などでその強い影響が見て取れる。衣装や武器などの小道具、見事なロケーションなどを含めて、この規模の作品を指揮して映画を製作するのは、それこそナポレオン並みのカリスマと統率力が必要だと思うが、過去にも「グラディエーター」「キングダム・オブ・ヘブン」「エクソダス:神と王」などのスペクタクル作品を撮ってきた、リドリー・スコット監督の一つの到達点だとも言える作品になっていると感じる。

そして本作のもう一つの特徴が、ナポレオンとヴァネッサ・カービーが演じた”妻ジョゼフィーヌ”との関係にフォーカスした”恋愛映画”であることだ。大規模な戦闘シーンと交互に描かれるのが、このジョゼフィーヌに身も心も振り回されるナポレオンの情けない姿であり、”英雄”と評された男も愛する女性の前では嫉妬に狂い、簡単に自分を見失う、ただの男だと描く。トゥーロン攻防戦で戦功をたて、24歳という若さで准将に昇進してから、クーデターを起こして統領政府を樹立し第一統領となり、遂には皇帝の地位にまで昇りつめるナポレオン。だが彼は、ジョゼフィーヌの前ではいつも”無力な男”になってしまう。エジプト遠征中に妻の浮気を知ったナポレオンは戦闘中であるにも関わらずフランスに帰還し、ジョゼフィーヌに「この私がいなければ自分には何もないと言え」と罵倒するシーンがある。だがこの後ジョゼフィーヌから「あなたも私がいなければただの男。そう言いなさい。」と告げられ、ナポレオンが泣くシーンでは彼がどれだけ妻に依存しているかが分かる。どんなに海外に遠征に行っても常に妻に手紙を書き、会えない寂しさを伝える”普通の男”としての側面を深く描くのである。

 

一方で妻ジョゼフィーヌの描き方は、もう少し複雑だ。そもそも二人の子持ちであり、性的にも奔放な女性として描かれる彼女は、ナポレオンに猛烈にアタックされた末に結婚するのだが、少なくても中盤までの彼女が彼に惹かれている様子はほとんどない。生きていくために仕方なく一緒になるが、夫が戦地に赴くやいなや他の男と不倫し浪費を尽くす彼女は、一筋縄ではいかない女性として描かれるが、そこにナポレオンはどうしようもなく惹かれてしまうのだろう。そんな彼らの関係性は二人が並んでいる姿からも表現されているのが、面白い。彼らが横に並ぶシーンやダンスするシーンでは、ほとんどジョゼフィーヌの方が身長が大きいのだ。これはホアキン・フェニックスが173センチ、バネッサ・カービー170センチという身長から、あえてヒールなどの高い靴を履かせて、ジョゼフィーヌの身長を大きく見せているのだろう。その姿に彼らの精神的な主従関係を感じてしまう。さらに劇中で何度か登場する”後背位”からのセックスシーンだが、あまりに作業的で必死に腰を動かすナポレオンとは対照的に、完全に気持ちが入っておらず”うわの空”のジョゼフィーヌの描写は滑稽なうえに、明らかにこの二人の関係においては彼女の方が上手だと描かれている。

 

 

そして本作は観る前に少しだけ、ナポレオンが活躍した時代のフランス史を頭に入れておくと一層楽しめると思う。冒頭のシーンは、”フランス革命”によってギロチンにかけられ死刑となる王妃マリー・アントワネットが登場するが、その広場にいたのが若き軍人ナポレオン・ボナパルトだ。このフランス革命によって王や貴族の権力が揺らいでいる中、革命によって新しく作られた政府に所属するナポレオンは、港都市トゥーロンを見事な奇襲作戦で王政支持派から奪還する。ここから若き英雄として彼の快進撃は始まるのである。パリで起こった王党派の反乱を砲台を駆使して鎮圧し、その後ヨーロッパ全土を手中に収めていくナポレオン。そんな中、最大の敵であるイギリスの国力を弱らせるため、イギリスの重要な海外領土インドとの中間点にあるエジプトを攻める作戦に出陣する。だがナポレオン不在の間に、ヨーロッパ諸国は対フランスで連携し、更に政治的に不安定だった本国は混乱に陥ってしまう。そんな中ナポレオンがフランスに帰還することで、国民から大歓声で迎え入れられ、彼はクーデターを起こすことで新しい政権を立ち上げるのである。

 

そしてフランスと対立するイギリスに対抗するため、ナポレオンは国民投票の末に”フランス皇帝”に君臨し、ヨーロッパ全土の征服に乗り出していく。ロシアとオーストリアVSフランスという「アウステルリッツの戦い」でも大勝利したナポレオンは、絶頂期を迎えたことで「大陸封鎖令」というイギリスとの貿易を禁ずる命令を下したが、これによってヨーロッパ全土が衰えていってしまう。そんな中ロシアがイギリスとの貿易を再び始めたことから、ナポレオンはロシア出征を敢行する。寒さと物資の少なさの中、なんとかモスクワに進軍するがなんとそこは”ものけのカラ”であり、さらにロシア人自らによって放たれた火によって建造物は燃え尽くされ、消耗しきったフランス軍は壊滅状態となり、ついにナポレオンは敗北してしまう。そして多くの犠牲を出し、その責任を取らされた彼はエルバ島に追放されるが、民衆が不満を抱いていることを知ったナポレオンは、1年後にパリに帰還しフランス皇帝の座に就くが、さらに「ワーテルローの戦い」でヨーロッパ連合軍に敗れ、遂にアフリカの果てにあるセントヘレナ島に追放されることで、彼はそこで人生の幕を下ろす。

 

これらの史実と平行してナポレオンとジョゼフィーヌとの関係を描いていくのだが、中盤以降、跡取りが出来ないジョゼフィーヌと離婚を決意し、失意のまま彼女との別離を選ぶナポレオンは途端に生気が無くなり、凋落が始まってしまう。そういう意味でもジョゼフィーヌは、彼にとって真の女神だったのだろう。エルバ島に追放されたナポレオンが島を脱出した理由は、ジョゼフィーヌに会うためだと描かれるし、彼女がジフテリアにより病死した直後の「ワーテルローの戦い」で大敗したことで、彼はセントヘレナ島に追放されそのまま死を迎えてしまう。そんな彼が最後に残した言葉は、”ジョゼフィーヌ”だったというのはロマンティックなエピソードだし、監督リドリー・スコットは一貫してナポレオンの人生において彼女の存在はあまりに大きなものであったと描く。本作は本格的な”恋愛映画”でもあるのだ。ジョゼフィーヌが再婚した相手と作ったナポレオンの息子にかけるセリフは、本作の中でも印象的だったと思う。正直、このジョゼフィーヌ周りの描写も含めて、フィクションも多々含まれているが、これが監督が目指した本作のバランスなのだろう。

 

ジャック=ルイ・ダヴィッドの絵画そのままの構図で描く、ノートルダム大聖堂での戴冠式シーンや、フランスの画家モーリス・オレンジによる「ミイラを見ているエジプトのナポレオン」を模したシーンをはじめ、絵画からのリスペクトシーンも多く、どのシーンも素晴らしいビジュアルで、2時間38分という長めの上映時間にも関わらず、あっという間に時間が過ぎる。セントヘレナ島に追放された後、コップに入った何かを吐き出すとハエだったというシーンも、”死の予感”を感じさせるという映画的な演出だったし、「アウステルリッツの戦い」における氷上作戦の演出など、とにかく全ての画面のクオリティが高すぎて、うっとりさせられてしまう。ナポレオンの人生のハイライトを凝縮して描いているので、淡々と進んでいく印象は否めないし、決して親切に説明してくれる映画でもないので、展開が分かりづらい部分もあるだろう。

 

そして、ナポレオンが憑依したようなホアキン・フェニックスの怪演も本作の大きな見どころだ。無表情に砲台の音に耳を塞ぐ彼の姿は本当にナポレオンの姿を見ているようで、アメリカ人のホアキンがフランス人を演じてここまで違和感がないことには驚かされる。リドリー・スコット監督の最新作「ナポレオン」は、ハリウッド映画超大作として十分に面白く、映画館で観るべき一作に仕上がっていることは間違いない。ただそれでも描き込みが足りない部分もあるので、存在するらしい4時間半のロングバージョンが配信されることを期待して待ちたい。

 

 

8.0点(10点満点)