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映画「ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人」ネタバレ考察&解説 監督/脚本のマイウェンが主演まで演じた理由とは?シンプルなメロドラマとしても楽しめる歴史恋愛劇!

映画「ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人」を観た。

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「モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由」などの監督としても活動し、アレクサンドル・アジャ監督の「ハイテンション」などで俳優としても活躍しているマイウェンが、監督/脚本/主演を務めた、歴史エンタテインメント。昨年の第76回カンヌ国際映画祭オープニング作に選ばれ、本国フランスでも大ヒットを記録している。国王ルイ15世を演じたジョニー・デップが全編フランス語で演じ、ワールドプレミアとなったカンヌ国際映画祭では、上映後に7分間のスタンディングオーベーションが巻き起こったらしい。衣装提供を高級ファッションブランドの”シャネル”が行っていたり、ヴェルサイユ宮殿での大規模撮影などで当時のフランス宮廷を再現し、国王ルイ15世の最後の公妾ジャンヌ・デュ・バリーの生涯を映画化した作品だ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:マイウェン
出演:マイウェン、ジョニー・デップ、バンジャマン・ラベルネ、メルビル・プポー
日本公開:2024年

 

あらすじ

貧しいお針子の私生児として生まれたジャンヌは、類まれな美貌と知性で貴族の男たちを虜にし、社交界で注目を集めるように。ついにベルサイユ宮殿に足を踏み入れた彼女は、国王ルイ15世とまたたく間に恋に落ちる。生きる活力を失っていた国王の希望の光となり、彼の公妾の座に就いたジャンヌ。しかし労働者階級の庶民が国王の愛人となるのはタブーであり、さらに堅苦しいマナーやルールを平然と無視するジャンヌは宮廷内で嫌われ者となってしまう。王太子マリー・アントワネットも、そんな彼女を疎ましく思っていた。

 

 

感想&解説

元妻アンバー・ハードへのDV疑惑で泥沼の裁判沙汰となったゴシップによって、2010年以降スターの輝きが衰えてきたジョニー・デップにとって、久しぶりの復活作かもしれない。第76回カンヌ国際映画祭ではオープニング作品としてワールドプレミア上映され、上映後には7分間のスタンディングオベーションが巻き起こったことにより、ジョニー・デップが涙したことがネットでも報道されていた。2021年には「MINAMATA-ミナマタ-」という主演作があり良作だったのだが、正直ヒット作というには程遠かったので、フランス映画としても初登場ナンバーワンで4週連続トップ10入りを果たし、カンヌでも評価された本作は彼にとっても重要な一作になるのではないだろうか。デップ自身、初の全編フランス語でセリフを話しており、この辺りは元パートナー関係にあったフランス女優のヴァネッサ・パラディとフランスで暮らしていた経験によって習得したのかもしれないが、本作では主人公ジャンヌ・デュ・バリーの人生にとって大きな役割を果たす、ルイ15世という重要な役を好演している。

そして監督と脚本を手がけ、自ら主人公のジャンヌ・デュ・バリー役を演じたのはマイウェンだ。「モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由」など過去7本目の監督作があり、女優としても子役から活動しつつ、フランス人監督アレクサンドル・アジャの「ハイテンション」などに出演しており、映画監督兼プロデューサーのリュック・ベッソンとの間に一児を設けている(今は破局している)。だがもっとも世界的に知名度が上がったのは、1997年日本公開リュック・ベッソン監督「フィフス・エレメント」の異星人オペラ歌手“ディーバ・プラヴァラグナ”役だろう。青い皮膚の特殊メイクで出演し、歌は世界的なオペラ歌手であるインヴァ・ムラが吹き替えをしていたが、ビジュアル的に強烈なキャラクターで今でも印象深い。そんなマイウェンが長い構想の果てに遂に映画化したのが、本作「ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人」だ。

 

個人的には、このジャンヌ・デュ・バリーという人物に対してほとんど事前知識がなかったのだが、ルイ15世末期からフランス革命でのマリー・アントワネットの処刑までを描いた日本の人気漫画「ベルサイユのばら」では、悪人側のネガティブなキャラクターとして描かれているらしいので、本作におけるジャンヌ・デュ・バリーの印象とはかなり違うかもしれない。映画でも冒頭から、貧しい家の私生児として生まれたジャンヌが様々な環境を経ながら、努力によって身につけた教養と美しさで娼婦のような暮らしから脱出し、ヴェルサイユ宮殿で国王ルイ15世に見初められる様子が描かれるのだが、労働階級の庶民から国王の妾となったジャンヌは宮殿内でも異端児扱いされ、特に国王の実娘たち女性陣からは疎まれつつも、最後までルイ15世への献身的な愛情を貫いた愛すべき人物だと描かれるからだ。

 

 

この映画でのジャンヌ・デュ・バリーの人生には、常にセックスと女性からの嫌悪が付きまとっている。修道院では性的な書物を読んでいることによって、修道女からは”悪魔のようだ”だと罵られ、修道院から戻り裕福な家庭の使用人として働けば、その家の奥方から嫉妬のあまり追い出されてしまう。このあたりの描写は大いにフィクションも混じっているようだが、この後の展開としてもジャンヌがとにかく”世の女性たちから疎まれる存在”であることを演出したかったのだろう。そして次に彼女が出会うのがデュ・バリー子爵だ。ジャンヌの美しさに利用価値を感じ、彼女に贅沢な暮らしを保証する一方でセックスを武器に、国王ルイ15世のもとに送り込んで金と名誉を得ようとする悪人だが、このデュ・バリー子爵との出会いによって彼女の人生は大きく変化していく。国王の公妾になるには既婚者でなくてはならないというルールのため、なんとデュ・バリー子爵とジャンヌは形だけの結婚をするのだが、これによって”ジャンヌ・デュ・バリー”という名が初めて生まれるのである。このあたりの文化は、本作を観たことによって初めて知ったので興味深かった。

 

そしてここまでのシーンで感じるのは、”知識と教養”の重要さである。宮殿に入り”しきたりやマナー”を学んでいくジャンヌだが、彼女は冒頭からとにかく本を読んで多くのことを吸収しようとしている事が描かれる。商売女に知識は必要ないと、デュ・バリー子爵に暴力を振るわれるシーンがあるが、この深い知識によってジャンヌは他の妾とは違い、国王から特に寵愛される存在へと成り得たのだろう。度々挟み込まれる、ルイ15世と対等に会話し談笑するジャンヌの姿は印象的だ。女性であることを最大限に生かして、頂点まで上り詰めていくジャンヌの姿勢も当時の処世術として必要だったのだろうし、宮殿内の女たちが抱く嫉妬と憎悪の感情、そしてジャンヌ自身が抱く国王から捨てられる事への恐怖など、メロドラマ的にこれらの感情がシンプルに表現されているのも本作の特徴だと思う。当時のフランス文化の詳細を知らなくても、ストーリー自体に迷うことはなく、各シーンの感情が非常に解りやすいのである。

 

そして最後まで鑑賞して思うのは、本作はルイ15世とジャンヌの愛の物語だという事だ。天然痘によって死の淵にいる王に寄り添い、最後の最後まで彼のベッドに駆け寄るジャンヌの姿と、ルイ15世崩御した途端に、16世に忠誠を誓うために駆け寄る宮廷の従者が対比的に描かれていたが、特に後半は恋愛劇としての側面が強くなる映画だったと感じる。国王に背を向けるのは失礼だということで、足音を立てながら小刻みに下がるというルールが滑稽に描かれていたが、今まで決してそれをしなかったジャンヌが最後の最後にその仕草を見せるのは、ルイ15世への敬意の現れだったのかもしれない。また正妻であるマリー・アントワネットとの確執の中で、ジャンヌを決して認めない態度として”無視”という嫌がらせを受けていたジャンヌが、遂にその呪縛が解け喜びのあまりヴェルサイユ宮殿の階段を駆け上がる場面は、まるで「ロッキー」におけるフィラデルフィア美術館の階段を駆け上がるシーンを彷彿とさせて、面白い演出だった。

 

ただ正直、美しさによって世の男たちを翻弄したジャンヌ役として、マイウェンが本当に相応しかったのか?は意見の分かれるところだろう。シーンによってはセリフとビジュアルのギャップがノイズに感じてしまい、違和感があったのは事実だ。しかしマイウェンの「もし他人がジャンヌを演じたら私は苦しんだと思います。それは私自身の闘いがジャンヌの闘いと重なるからです。私を嫌う人はいますし、ジャンヌも宮殿の中で悪口を言われます。それでもやりたいことをやるのがジャンヌで、私も嫉妬されたり軽蔑されても、自由に自分の映画を作り続けたいのです。」というコメントが、彼女の想いの全てを表現しているのだと思う。リドリー・スコット監督「ナポレオン」はマリー・アントワネットの斬首シーンから始まったが、有名なアントワネットと同じ時代を生きた人物として、そしてあまり日の当たらない存在だったジャンヌ・デュ・バリーの人生を描いた歴史ものとして、飽きずに楽しめる佳作だったと思う。シャネルが提供したという衣装や、実際のヴェルサイユ宮殿での大規模撮影なども豪華であった。

 

 

6.0点(10点満点)