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映画「梟 フクロウ」ネタバレ考察&解説 意味が分かるとタイトルまで巧い!演出、脚本、演技の全てが高クオリティの韓国サスペンス!

映画「梟 フクロウ」を観た。

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2022年に韓国公開されてから年間最長1位を記録し大ヒットを続けた、本作が長編監督1作目となるアン・テジンによるサスペンススリラー。李朝朝鮮史に残る史実「王子毒殺疑惑」をモチーフに映画化されている。出演は「毒戦 BELIEVER」「タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜」のリュ・ジュンヨル、「コンフィデンシャル」のユ・ヘジン、「野獣の血」のチェ・ムソン、「サスペクト 哀しき容疑者」のチョ・ソンハ、「警官の血」のパク・ミョンフンなど。第59回大鐘賞映画祭では新人監督賞/脚本賞編集賞、第44回青龍映画賞では新人監督賞/撮影照明賞/編集賞を受賞するなど、韓国国内映画賞で25冠の最多受賞を記録した作品だ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:アン・テジン

出演:リュ・ジュンヨル、ユ・ヘジン、チェ・ムソン、チョ・ソンハ、パク・ミョンフン

日本公開:2024年

 

あらすじ

17世紀、朝鮮王朝時代。病の弟のために、盲目の天才鍼医ギョンスは人には言えない秘密を抱えて宮廷で働いている。ある夜、彼は王の子の死を目撃してしまい、恐ろしくおぞましい真実に直面する。追われる身となったギョンスは狂気が迫る中、闇の中で謎めいた死の真相に迫ろうとする。

 

 

感想&解説

公開規模が小さいのが残念だが、本作は韓国映画サスペンススリラーの傑作だったと思う。こういう優良作こそ、もっと広く日本公開して欲しいと思ってしまうのは、この映画は特に映画館で観ることで”没入感”が高まる作品になっているからだ。さらにメインビジュアルから受ける、サイコホラー的なイメージは全くと言って良いほどなく、かなり王道のエンターテインメント・サスペンスになっており、老若男女問わず楽しめる映画になっていると思う。特に前半はコメディシーンも多く、劇場でも笑いが漏れていたのが印象的だ。本作の監督アン・テジンは、2005年公開「王の男」のイ・ジュニク監督の助監督として活躍した後、紆余曲折の苦難を乗り越えて、「梟 フクロウ」を手掛ける事になったらしいが、初監督作でここまでのクオリティの映画が撮れた事には驚かざるを得ない。韓国国内映画賞で25冠の最多受賞を記録したのも、頷ける完成度になっている。

李氏朝鮮第16代国王、仁祖の時代の宮廷を舞台にしているとなると、やや取っつきにくさを感じるかもしれないが、序盤から主人公である弟想いの鍼医ギョンスに感情移入させられる為、グイグイとスクリーンに惹きつけられる。とにかくこの映画は情報の出し方と隠し方のコントロールが上手いのだ。盲目の鍼灸師ギョンスは病気の弟がいたが、その確かな腕を認められた事により住み込みで宮廷で働くこととなり、新しい生活を始める。そんな時、清国に人質として連れて行かれた世子ソヒョンが8年ぶりに帰って来るが、実の父親である王と面会した事で、清国に忠誠を尽くすか否かで二人の意見は対立する。王は忠誠を尽くすべきは”明”だと主張しているのだ。ある夜、世子の咳がひどくなった事で、御医イ・ヒョンイクとギョンスが呼び出されるが、その治療の最中にギョンスは驚くべき光景を目の当たりにする、というのが序盤だ。


ここまでで既に多くの情報が提示されるが、まずこの序盤の段階で、見えないはずのギョンスがなぜチョ昭容が裸になるシーンで、あれほど緊張するのか?、いじわるで任された薬物の振り分けがあれほど完璧に出来るのは何故なのか?などの疑問について、見事な伏線として提示してくる。彼が弟の前でも盲目だったことを考えると、”実はギョンスが見えていた”というのはあり得ない展開なので、そこにどんな説明が付くのか?というのは観客の大きな興味だろう。そしてここからネタバレになるが、彼は”昼盲症”という特殊な盲目であり、明かりが無い時だけ少し見えて、明るくなるとまったく見えなくなるという設定であることが明かされる。今まで”盲目の主人公”というありふれた設定の映画と差別化できる、巧い設定だ。だからこそ彼は、暗闇の中で御医イ・ヒョンイクが世子ソヒョンに毒針を刺しているのが見えたのである。

 

 


ポスターの目に針が刺さりそうなメインビジュアルは、御医イ・ヒョンイクがギョンスの目が見えているのではないか?と疑った末に、目に針を刺そうとする場面を切り取ったものだが、このシーンの緊迫感は相当のものだ。そして「梟 フクロウ」とは、夜にこそ見える主人公の事を示しており、英題も「The Night Owl」と非常に気の利いたタイトルであることが分かって感心してしまうし、まだまだ物語も二転三転としていき、観客を飽きさせない。毒により体中の穴という穴から出血し死亡した世子ソヒョンだが、この殺人を指示したのは誰なのか?というのが次の謎となり、さらに解毒剤を持って戻った為に残った血の形跡によって追い詰められたギョンスは、この事態からどうやって脱出するのか?というタイムリミット・サスペンスの要素が徐々に強まっていく。この絶体絶命のシチュエーションから、世子の頭に残された一本の毒針だけの証拠で、どう逆転していくのか?も含めて、観客の興味を惹きつける強烈なストーリーの推進力になっていくのである。


しかもこの辺りの演出も巧い。鍼師であるギョンスは、治療している相手の身体の痙攣によって状態が分かる、ある意味で天才という設定なのだが、彼が王に鍼を刺している時に、夫の死の真相を知った世子ソヒョンの妻が王に対して、御医イ・ヒョンイクの殺人を進言する場面がある。そこで王の身体の緊張から、ギョンスだけが真犯人は王であることが分かり、必死に表情でそれを伝えようとするシーンや、御医イ・ヒョンイクへの殺害指示書が王によって左手で書いたものであることを証明するために、得意の鍼で右手を痺れさせるシーンなど、良い意味で漫画的な展開はスリル満点だ。さらに遂に追い込んだ王と、直前まで味方だと思っていたチェ領相が結託し、幼い王子を亡き者にしようとするシーンの絶望感、だからこそ直後にあるシーンのカタルシスなど、史実とエンターテインメントとしての創作がうまく融合した作品になっているのが本作の特徴だろう。朝鮮王朝時代の記録「仁祖実録」に残されている世子の謎の死と、悪政の数々によって名が語り継がれている第16代国王「仁祖」親子の確執は、実際に歴史に残されている史実だからだ。


そして身分制度が明確な時代において、「卑しい出自」のギョンスは生き延びる為に、自分に関わりのない余計なことについては「何も見ず、何も聞かない」というスタンスを貫いて生きてきたし、真実を知った後でも「身分の低い自分が口を割ったところで何が変わるのか」と諦めるシーンも描かれる。だがこの終盤のシーンにおいて遂に彼は、「知らないふり、見えないふりを続けることはできない」と大きな変化を遂げる。強大な権力に立ち向かい、自分の命を捨てる行為であるにも関わらず彼は人間の尊厳を保ち、”声を上げることで”体制に立ち向かうのである。そしてここに本作最大のカタルシスがある。捕えらえれ首を切られそうな局面でありながら、夜空の星を見上げるギョンスに対して、彼の無実を知る処刑人たち。ここもセリフでは説明されないが、国家対個人という本来は絶対に勝ち目のない相手でも、”真実”を叫ぶことによって、最後は勝つのだというカタルシスが見事に表現された、熱すぎるラストの展開だったと思う。そして4年後、衰弱しきった王の元に訪れるギョンスが打ち込む鍼によって、この映画は幕を閉じる。彼が殺した世子ソヒョンと同じ死に方をするのである。


この映画はかなり暗闇のシーンが多いため明暗のコントラストが重要だし、見えない主人公という設定の為に音響にもかなりこだわっているので、できれば劇場の良い環境で鑑賞をオススメしたい。見えないギョンスのぼやけた視点のショットもCGを一切使わず、できるだけリアルに表現するために、レンズの前にストッキングを置くなどアナログ的な手法で撮影されたらしい。さらにリュ・ジュンヨルとユ・ヘジンという「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」でも共演していた2人を中心に、子役も含めて全員素晴らしい演技を見せていたと思う。いわゆる犯人当てのようなミステリー作品としては弱いかもしれないが、夜が明けて明るくなるまでのタイムリミット感や、絶対的な権力に立ち向かうという少年漫画的なドラマ性とカタルシス、そして窮地を証拠と知恵で切り抜けていくサスペンス要素など、エンターテインメント映画としてかなり高いクオリティで融合した作品だった。やはり韓国映画はレベルが高い。

 

 

8.5点(10点満点)