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映画「落下の解剖学」ネタバレ考察&解説 解説!あの演出手法から考察する、本作の結末とは!

映画「落下の解剖学」を観た。

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2023年の第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で最高賞のパルムドールを受賞した、法廷ヒューマンサスペンス。監督は「ソルフェリーノの戦い」「ヴィクトリア」「愛欲のセラピー」に続き、本作が長編4作目となるジュスティーヌ・トリエ。女性監督による史上3作目のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作となった。主演は「希望の灯り」「さようなら、トニー・エルドマン」のザンドラ・ヒュラー、「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」のスワン・アルロー、「パーフェクト・ナニー」のアントワーヌ・レナルツなど。第81回ゴールデングローブ賞ではすでに「最優秀脚本賞」を受賞しており、第96回アカデミー賞でも「作品賞」「監督賞」「脚本賞」「主演女優賞」「編集賞」の5部門にノミネートされている。世界中で評価されているフランス映画だが、出来としてはどうだったか??今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ジュスティーヌ・トリエ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ、サミュエル・セイス
日本公開:2024年

 

あらすじ

人里離れた雪山の山荘で、視覚障がいをもつ11歳の少年が血を流して倒れていた父親を発見し、悲鳴を聞いた母親が救助を要請するが、父親はすでに息絶えていた。当初は転落死と思われたが、その死には不審な点も多く、前日に夫婦ゲンカをしていたことなどから、妻であるベストセラー作家のサンドラに夫殺しの疑いがかけられていく。息子に対して必死に自らの無罪を主張するサンドラだったが、事件の真相が明らかになっていくなかで、仲むつまじいと思われていた家族像とは裏腹の、夫婦のあいだに隠された秘密や嘘が露わになっていく。

 

 

感想&解説

「落下の解剖学」という風変わりなタイトルと、第76回カンヌ国際映画祭での「最高賞パルムドール」受賞、第81回ゴールデングローブ賞「最優秀脚本賞」受賞、第96回アカデミー賞5部門ノミネートというインパクトでぜひ鑑賞したいと思っていた作品だったが、行った都内の劇場は満席でかなり鑑賞後の評判も高いようだ。上映時間152分となかなかの長尺だし、作品の半分は法廷シーンということもありほとんどが会話劇の地味な作品だが、こちらに訴えかけてくるメッセージは多様性に富んでおり、素晴らしい作品だった。ただし、いわゆる”犯人当てミステリー”ではないので、人里離れた雪山の山荘で転落死した、夫の死因や犯人を追及するというテーマの映画とは少し違うのだ。どちらかと言えば、この事件を通して”夫婦とは?親子とは?”の形を問う、サム・メンデス監督の「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」や、デレク・シアンフランス監督「ブルーバレンタイン」を思い出させるような作品だろう。

さらに「落下の解剖学(Anatomy of a Fall)」というタイトルは、オットー・プレミンジャー監督の1959年作品「或る殺人」の原題である、「Anatomy of a Murder(殺人の解剖学)」からのインスパイアだと感じる。ジェームズ・ステュアート演じる弁護士が主人公の法廷劇で、本作とはかなり共通項が多い。ストーリーとしては、ポスターに書かれている「雪山の山荘で男が転落死した。男の妻に殺人容疑がかかり、唯一の証人は視覚障がいのある11歳の息子。これは事故か、自殺か、殺人か?」という内容、ほとんどそのままである。殺人の容疑をかけられた、被害者の妻であるベストセラー作家サンドラの裁判を通して、観客はほとんど陪審員の一人になったような気分で、新しく出てくる証言の数々を聴くことになる。そしてその経過の中で、死んだ夫サミュエルについても妻サンドラについても”それぞれの顔”を持っている事が解り、真相を追求していくことになるのだ。

 

そしてそれは、視覚障がいを持った11歳の少年ダニエルも巻き込んでいく。本作においてのもう一人の主人公は間違いなく彼だ。被害者と容疑者以外に現場にいた唯一の人物であり、彼らの息子であるダニエルの証言によって、本作は大きく展開を変えていくからである。ここからネタバレになるが、本作において最後まで映画を観ても、実は真相についてハッキリとは明かされない。自殺だったのか、他殺だったのか結論が観客に委ねられているタイプの作品であり、明解な答えは用意されていないのである。ただしスクリーンに映る演出を通して、ある程度のヒントだけは用意されていると感じる。まず本作の謎解きにおいて最も重要なキャラクターは、やはり少年ダニエルだ。夫サミュエルが子育てで時間が取れず執筆に行き詰まり、妻サンドラに対してフラストレーションを感じていたこと、逆に妻サンドラはバイセクシャルであり、女性と不倫したことで夫サミュエルを傷つけた過去があること、さらに小説のアイデアをサミュエルから拝借して自分の作品のネタとして活かしたことなど、中盤における二人の喧嘩の音声記録から多くの事実が判明する。

 

 

ここから冒頭の学生インタビューでは、サンドラが女学生に対して少なからず興味を抱いていたこと、更に夫サミュエルの出す大音量の音楽は、そんなサンドラへの嫌がらせであったことなどが浮き彫りになってくる。さらに妻だけが作家として社会的に成功していることや、ダニエルが視力に障害を持ってしまう原因がサミュエルに起因していることなどから、この夫婦は完全にすれ違ってしまっていることが描かれる。この夫婦はドイツ人とフランス人の夫婦であり、言葉についてもどちらも母国語ではなく英語で会話しているだが、この設定は二人のディスコミュニケーションの象徴なのだろう。また序盤でダニエルは、父の死を屋外から発見したと語る。目印となるテープの感触で自分にはわかると言うが、裁判の中で自分は事件当時、屋内にいたと正反対の証言を行う場面がある。しかしあの聡明なダニエルが、屋内と屋外を間違えることがあるだろうか。しかも彼は全盲ではなく、弱視なのである。これは事件発生当時に屋内にいたが、夫婦が喧嘩していた声は聞こえなかった(サンドラは昼寝をしていたと証言していた為だ)という立証のためだろう。だがここでダニエルが嘘をつく必要があるのは、実際には彼らが何等かの争いをしていたからではないだろうか。そしてその喧嘩の間に愛犬スヌープを連れて散歩にいき、戻ってきた時に死体を発見したという流れだ。

 

さらにもう一つ。こちらは終盤にあるシーンで、ダニエルがもう一度証言したいと証言台に立つシーンだ。その前日に母親との接触を一切立つことことで、母親から指示されたものでは無いことを証明しつつ、彼は父親と交わした会話について証言台で語り出す。その内容は、まるで父親の自殺を仄めかすような発言であり、あの発言によって最終的にサンドラが無罪を勝ち取ったのは間違いない。だがあの場面の”演出”が非常に不自然なのである。あのシーンにおけるダニエルの証言は、父親の表情とダニエルのセリフが重なるような演出がされている。これにより父親が話している内容そのものではなく、まるで”ダニエルが喋っている内容の映像化”というような演出方法なのだ。もちろん、こういう演出は本作では唯一このシーンだけだ。これにより、本当にここでダニエルが証言していることは真実なのか?が非常に疑わしくなってくる。この前のシーンで、ダニエルは法廷監視員の女性に「自分で真実を決めなさい」と諭される。この証言は彼にとって母親との生活を取り戻すことを、文字通り”決めた”故の発言なのだろうと想像できるのだ。

 

ラストシーンでは、まるで母親を慈しむように抱きしめるダニエル。これはその前のレストランシーンで、弁護士ヴァンサンが彼女を抱きしめているシーンと対比させている。サンドラに対して男として愛情を感じており、裁判に勝利をもたらしたヴァンサン。そして息子として、サンドラとの生活のために証言台に立ったダニエル。そして小説と人生がリンクしており、実生活を小説のテーマとして作品を生み出す作家のサンドラ。サンドラはこの先、この事件をどんな小説にして書き起こすのだろうか。そして彼女の犯行や裁判における言動は、どこまで事前に準備されたのものだったのだろうか。そしてそもそも、サンドラは何故ヴァンサンを弁護士に選んだのだろう?弁護士は以前からの知り合いである必要はないし、ヴァンサン曰く”今回初めて勝った”ような弁護人よりも、サンドラには地位があるはずなのだから、出版社経由でもっと優秀な弁護士を雇えるだろう。もちろん「落下の解剖学」の作中では、そこまでの理由は描かれないし、結末を限定しないエンディングだが、本作におけるサンドラの設定や行動には常に暗い影が差していると感じる。ワイドショーのコメンテイターが「夫の自殺よりも、小説家の殺人の方が面白い」というコメントをしていたが、それは本作そのものに対してのコメントのように感じるのだ。

 

後半で盲目のダニエルが父親が落下したベランダを覗き込む謎のショットや、 彼がひとりでピアノを弾く不穏なロングテイクは、彼の心の内面を映し出していると感じる。父親が死んでしまった哀しみの中で、彼だけが知っている、誰にも言えない”真実”を吐露している場面だったような気がするのだ。そして本作における、もう一人(一匹)の貢献者は、愛犬のスヌープだろう。どうやって演技させてるのか分からないレベルで凄まじい演技を見せているし、ダニエルを演じたミロ・マシャド・グラネールや、サンドラ役のザンドラ・ヒュラーもそれぞれ素晴らしい存在感だった。結論、シンプルな設定でありながら法廷劇としても”暗黒夫婦”映画としても、とても高いクオリティで融合していた作品であった。特に本作は脚本の出来が素晴らしいので、今年のアカデミー賞では「脚本賞」が期待できる映画なのではないだろうか。

 

 

7.5点(10点満点)