映画「コヴェナント 約束の救出」を観た。
1999年の「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」でデビュー以来、「スナッチ」「シャーロック・ホームズ」「コードネーム U.N.C.L.E.」など娯楽作品を中心に手掛けてきた、ガイ・リッチー監督初の戦争映画。アフガニスタン問題とアフガン人通訳についてのドキュメンタリーに着想を得て撮った社会派ドラマだ。出演は「ブロークバック・マウンテン」「ナイトクローラー」のジェイク・ギレンホール、「エクソダス 神と王」のダール・サリム、「クルエラ」「リトル・ジョー」のエミリー・ビーチャム、「トレインスポッティング」「ダーク・シャドウ」のジョニー・リー・ミラーなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ガイ・リッチー
出演:ジェイク・ギレンホール、ダール・サリム、エミリー・ビーチャム、ジョニー・リー・ミラー
日本公開:2024年
あらすじ
2018年、アフガニスタン。タリバンの武器や爆弾の隠し場所を探す部隊を率いる米軍曹長ジョン・キンリーは、優秀なアフガン人通訳アーメッドを雇う。キンリーの部隊はタリバンの爆発物製造工場を突き止めるが、大量の兵を送り込まれキンリーとアーメッド以外は全滅してしまう。キンリーも瀕死の重傷を負ったもののアーメッドに救出され、アメリカで待つ家族のもとへ無事帰還を果たす。しかし自分を助けたためにアーメッドがタリバンに狙われていることを知ったキンリーは、彼を救うため再びアフガニスタンへ向かう。
感想&解説
ここ数年におけるガイ・リッチー監督の多作ぶりには驚かされる。2021年には「ジェントルメン」「キャッシュトラック」というタイプの違う良作を2本公開したかと思えば、2023年には「オペレーション・フォーチュン」というスパイアクションを公開し、今年は本作「コヴェナント 約束の救出」が公開された訳だが、本作はこのハイペースで作られたとは思えないほど、監督のフィルモグラフィーの中でも突出した完成度だったと感じる。今までのガイ・リッチー作品と言えば、「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」「スナッチ」「ジェントルメン」といった”オシャレ系犯罪劇”と、「シャーロック・ホームズ」「コードネーム U.N.C.L.E.」「アラジン」といった”完全エンタメ大作”といった2つの軸が強い監督だったと思うが、さらに硬派なアクション映画のラインが確立されたと感じる。
本作は、監督のフィルモグラフィー初となる完全に硬派な戦争アクション映画であり、ガイ・リッチーが得意としてきた今までの派手なケレン味や痛快さ、ユーモアを完全に封印した作品になっているのが特徴だろう。では「戦争のはらわた」「プライベート・ライアン」や「地獄の黙示録」「プラトーン」のようなリアル志向の陰鬱な映画になっているかといえば、そこはやはりガイ・リッチーの良さを活かしたテンポ感や過度にウェットになり過ぎないドライな演出、緊迫したサスペンスの作り方により戦争映画が苦手な方でも、かなり観やすい作品になっている。上映時間123分の間、まったく飽きる暇がなくしっかりと娯楽性も担保されているのだ。
映画は大きく2部構成になっており、前半は米軍の通訳に雇われたダール・サリム演じるアフガン人の通訳アーメッドと、ジェイク・ギレンホール演じるアメリカ人曹長率いる部隊が、タリバン支配下の地域で爆弾製造工場を探索するうちに銃撃戦に巻き込まれ、遂には2人きりでアメリカ軍基地まで戻るという”地獄の逃避行”が描かれる。しかも道中、米軍曹長ジョン・キンリーは瀕死の負傷を負ってしまうので、アーメッドが彼をなんとか敵兵から匿いつつ連れ戻していく。だが劇中、彼らの間に特別に友情が芽生えるイベントはほとんど無く、アーメッドはタリバンに息子を殺されたという恨みがある事と、キンリーは軍のミッションとしてタリバンを追っているだけで、彼らを直接友情で結び付けるような特別なイベントは起こらない。ここも本作が他のバディムービーとは少し違う点かもしれない。
ここからネタバレになるが、映画前半、自分の命令に背く行為をしたアーメッドの過去をキンリーが別の部下から聞くことで、かつて彼が麻薬取引をしていたことやタリバンに息子を殺されたことを知るシーンがある。その後アーメッドと向かい合って座る二人は、謝罪と和解を”言葉を通して”確かめ合うが、”点滅する電灯”によって彼らの関係が段々と繋がりかけてはいるが、まだ危い事を表現している。そして一転、ラストシーンでは彼らはまったく会話を交わさない。アメリカに脱出する輸送機の赤い照明の中、目礼だけで感謝を伝え合う二人の姿を通して、彼らが本当の友情で結ばれたことが対比として伝わってくるのだ。本作のテーマはタリバンとアメリカ軍との戦いではなく”恩義”と”義理人情”であり、まるで往年のヤクザ映画のようだ。タイトルのコヴェナント(Covenant)とは、強い約束、契約といった意味があるが、まさにそういう内容の作品なのである。
そもそもアフガニスタン侵攻は、アメリカ政府が9.11テロ事件の首謀者をアルカイダの指導者オサマ・ビン・ラディンと断定し、タリバン政権に対して、アルカイダの指導者の引き渡しを要求したが拒否されたことから、時のブッシュ大統領がアフガンニスタンへの軍事攻撃を命じたことから始まっている。その結果アフガン戦争は20年に渡って続き、タリバンのゲリラに敗北を喫しながら4人のアメリカ大統領の任期を経て、ようやく”不名誉な撤退”によって終焉を迎えた戦争だ。そして本作では、アメリカが始めたこのアフガン戦争への作り手からの明確なメッセージはあまり感じない。本作はこのアフガン侵攻を題材にしているが、もっと小さな個人と個人の繋がりをテーマにした作品なのだろう。
そして映画の後半では、ひたすら山の中を100 キロ以上進み続けることでアーメッドに命を助けてもらったキンリーは、まだアーメッドがアフガニスタンに居て、タリバンに命を狙われながらも行方不明だと知り、正気が保てなくなる。そしてその「命の借り」を返すため、アーメッドと彼の家族を救出するために、再びアフガニスタンを訪れることになるのだ。キンリーを助けたことによって英雄視された通訳が、なぜかその後に米軍の保護下に入れず、アフガニスタンで逃げ惑う展開には正直リアリティは無いと思うが、そこはドラマを盛り上げる為のフィクションなのだろう。ここでのエミリー・ビーチャム演じる、キンリーの妻キャロラインが見せる、夫を愛し信じるがゆえに再び危険なアフガニスタンに送り出すという行動も感動的だし、キンリーの全てを投げうってでもアーメッドを助け出すという信念は、損得を越えた人間本来の美しさを描いていて思わず胸が熱くなる。
ラストの絶体絶命からの逆転劇なども含めて、一本の戦争映画として非常に面白かった本作。ガイ・リッチーの全監督作を通しても、一二を争うくらいに楽しめた作品だった気がする。ただエンドクレジット前にテロップで少し表示されるとはいえ、アメリカ軍のアフガニスタン侵攻を描いた映画として、そして2021年に部隊の撤退を完了し「アメリカ史上、最も長い戦争」ともいわれた作戦が終わったタイミングの作品として、もう少し反戦的なメッセージを描いても良かったかもしれない。とはいえ、娯楽性という意味ではオープニングからエンディングまでとても観やすかったのも事実で、ガイ・リッチーの次回作が楽しみになる優れた一作だったと思う。
7.5点(10点満点)