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映画「DOGMAN ドッグマン」ネタバレ考察&解説 これぞフランス人監督から見たアメリカと宗教観!虐げられた人間と犬によるダークファンタジー!

映画「DOGMAN ドッグマン」を観た。

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グラン・ブルー」「ニキータ」「レオン」「フィフス・エレメント」などの作品を手掛け、フランスを代表する監督リュック・ベッソンが、4年ぶりに脚本/監督を務めたファンタジー・バイオレンスアクション。第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品では、”ベッソンの最高傑作!”と絶賛の嵐を巻き起こしたらしい。主演は「アンチヴァイラル」「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」のケイレブ・ランドリー・ジョーンズで、共演は「ティファニーの贈り物」のジョージョー・T・ギッブス、「アルゴ」「マネーモンスター」のクリストファー・デナム、「ネイビーシールズ ナチスの金塊を奪還せよ!」のクレーメンス・シックなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:リュック・ベッソン
出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジョージョー・T・ギッブス、クリストファー・デナム、クレーメンス・シック
日本公開:2024年

 

あらすじ

ある夜、1台のトラックが警察に止められる。運転席には負傷した女装男性がおり、荷台には十数匹の犬が乗せられていた。「ドッグマン」と呼ばれるその男ダグラスは、収容された部屋の中で自らの半生について語り始める。犬小屋に入れられ、暴力を浴びて育った少年時代。犬たちの存在に救われながら成長していく中で恋を経験し、世間になじもうとするも、失恋によって深く傷ついていくダグラス。犬たちの愛に何度も助けられてきた彼は、生きていくために犬たちとともに犯罪に手を染めるが、「死刑執行人」と呼ばれるギャングに目をつけられてしまう。

 

 

感想&解説

本作は、リュック・ベッソンの完全復活作だと思う。第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品では、”ベッソンの最高傑作!”と絶賛の嵐を巻き起こしたらしいが、2010年以降のフィルモグラフィーとして発表した「マラヴィータ」「LUCY ルーシー」「ヴァレリアン 千の惑星の救世主」「ANNA アナ」など完全な駄作ではないが、ややパッとしない作品を発表し続けてきたリュック・ベッソンそんな彼が久しぶりに魅力的なキャラクターが活躍しながら、単純なアクションだけでは留まらないカッコいいダークファンタジーを撮ったという印象だ。特に本作は「DOGMAN ドッグマン」というタイトルがとても良い。このタイトル通りに本作の主人公ダグラスは、犬たちと意志を通わせる稀有なダークヒーローなのである。

この主人公ダグラスを演じたのがケイレブ・ランドリー・ジョーンズで、ジョーダン・ピール監督の「ゲット・アウト」におけるローズの弟ジェレミー役や、マーティン・マクドナー監督の「スリー・ビルボード」における広告会社の経営者役など、名バイプレイヤーのイメージが強かったが、本作では見事に”運命に見放された男”を演じている。まず登場シーンから素晴らしい。傷を負いながら血だらけでトラックを運転していた女装の男が、警察に拘束されるシーンなのだが、銃を突きつけられていても平然と煙草を吸い、顔をはっきりと見せない不気味な男が何者であるかが分からない。ましてや、この映画の主人公であるとは全く思えないのである。しかもトラックの荷台には、数十匹もの犬を乗せた状態で身柄を確保され、彼は女性精神科医のエヴリンによって取り調べを受けることになる。

 

それから彼の壮絶な過去がフラッシュバックによって再現される事になるが、凶悪で毒親である父と自分をいじめる兄、そして父の暴力によって支配され反抗できない母親の元で過ごす少年期が描かれる。犬小屋に閉じ込められて長い年月を過ごすことになるダグラスには、犬しか信用できる相手がいないのだ。ここからネタバレになるが、そんなダグラスが遂に犬小屋を抜け出す機会を得るのだが、このシーンが本作における最初の見どころだろう。錯乱した父親の銃によって親指を吹っ飛ばされたダグラスは、その自分の指を透明なビニール袋に入れて、パトカーの警察官に渡せと犬に指示する。すると、なんと指示された犬は一目散に檻の穴から抜け出し、言われた通りにパトカーに向かうのである。

 

 

これはまさにファンタジーだ。指示通りに犬がギャングの金玉に噛みつくシーンもあり得ないが、この犬がパトカーを見つけて警官を連れてくる場面には、この映画では”今後なにが起こってもおかしくない”という説明のようなシークエンスになっており、完全にファンタジー映画としての”宣言”のようなシーンになっている。そしてここから、映画は少しジャンルをシフトチェンジしていく。犬小屋を脱出し施設に入ったダグラスは、うまく社会に順応できない。そんな時に出会うのがシェイクスピアを教えてもらい、演劇をこよなく愛するサルマという年上の女性だ。そしてそんなサルマに恋してしまうダグラス。だが彼女はプロの劇団に入るために施設を出て、彼の元を去ってしまう。だがサルマを忘れられないダグラスは彼女の活躍をスクラップブックに保存して応援し続ける。そして、遂に彼は勇気を振り絞って劇場まで足を運び、喜びの再会を遂げるのだがサルマは既に結婚しており、すでに子供を身籠っているのだ。

 

このシーンの絶望感たるや。父親の放った銃弾のせいで下半身がうまく動かせず、車イス生活になっているダグラスに唯一優しく接してくれた女性が、演劇会の演出家と幸せになっており失恋するという展開なのだが、この後犬の施設で絶叫し、拳を自らの足に叩きつけるダグラスは、人間としての理性を無くし犬と同一化しているように見える。ダグラスは間違いなく童貞であり、今回の失恋の怒りと悲しみ、そして行き場のないリビドーが爆発したシーンなのだろう。そして彼はまた犬に囲まれて、”ドッグマン”として生きていく事になるのである。そんな彼が次に出会うのが、歌手でありドラッグクイーンとしての道だ。全てを無くしたダグラスは、アーティストとして生きていくことになるのだが、ここで歌われるのは、エディット・ピアフの「No Regrets(水に流して)」だ。

 

YouTubeで歌唱している映像が観られるが、フランス人で小柄だったエディット・ピアフはマイクの前で仁王立ちで歌うスタイルだったので、歩けないダグラスの設定にピッタリだったのだろう。ここで素晴らしい歌唱を見せつつ、これだけでは生活できないダグラスと犬たちは、金持ちの家から窃盗をすることになる。これがきっかけとなって、彼は警察に捕まってしまうのだが、この犬たちが宝石を盗むシーンでかかるのは、マイルス・デイヴィスの名盤「Kind of Blue」に収録されている「So What」だ。ここでいきなりジャズの名曲を入れてくるセンスには驚かされるが、本作はユーリズミックスからZZ Top、マリリン・モンローまで映像に合わせて多種多様な曲が選ばれているのも楽しい。

 

そして本作のもう一つのテーマは宗教とアメリカ批判だろう。少年期のダグラスが入れられていた檻に、敬虔なクリスチャンである兄が「神の名(NAME OF GOD)を唱えよ」と書かれた布をかけるシーンで、檻の中から布を見たダグラスの視点からは「EOF」の部分が隠れて、「DOG MAN」に見えるというシーンがある。またラストシーンでは、警察署から脱出したダグラスが教会の前で倒れてしまい、十字架の影の下でまるでキリストのように横になる場面では、そこに犬たちが集まってくるという印象的なカットでエンディングを迎える。本作で終始ダグラスを救ってくれるのは、「GOD(神)」ではなく「DOG(犬)」なのだ。フランス人であるリュック・ベッソン無神論者らしいが、ダグラスの家の前にはアメリカ国旗がこれみよがしに掲げられており、このあたりのシーンはキリストを盲目的に信じているアメリカ白人保守層への痛烈な批判を感じてしまう。

 

4年間もの間父親に犬のケージに閉じこめられていた、5歳の男の子についての新聞記事からインスパイアされたらしい本作だが、ダグラスと犬たちが主人公になったお陰で、単純な銃撃アクションだけではなく、犬を使ったアクションシーンの数々が新鮮だったと思う。またドラッグクイーンで車イスの主人公という設定も、他の映画とは一線を画しており、最後まで飽きずに楽しめた。多種多様な犬たちの演技も素晴らしいし、近年のリュック・ベッソンの作品の中でもブッチギリに好きな一本だった。歴史的な一作という訳ではないかもしれないがエンターテインメント性も高く、リュック・ベッソンファンの期待を裏切らない作品にはなっているだろう。

 

 

7.5点(10点満点)