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映画「貴公子」ネタバレ考察&解説 パク・フンジョン監督作としては、脚本の粗が目立つやや残念な作品!だが"貴公子"のキャラクターは面白い、韓国アクション!

映画「貴公子」を観た。

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2014年日本公開の「新しき世界」で世界中から称賛され、「血闘」「V.I.P. 修羅の獣たち」などの作品を経て、「THE WITCH 魔女」シリーズで再び脚光を浴びた、パク・フンジョン監督の新作が日本公開となった。ジャンルは韓国ノワール風味のアクション。出演はドラマ「海街チャチャチャ」でブレイクしたキム・ソンホ。なんと本作で映画初出演にして主演を務めている。また共演はドラマ「こんにちは?私だよ!」のカン・テジュ、「死体が消えた夜」「ニューイヤー・ブルース」のキム・ガンウ、「蒼き狼 地果て海尽きるまで」「朝鮮魔術師」のコ・アラなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:パク・フンジョン
出演:キム・ソンホ、カン・テジュ、キム・ガンウ、コ・アラ
日本公開:2024年

 

あらすじ

フィリピンで暮らす貧しい青年マルコは病気の母のため、地下格闘で日銭を稼いでいた。ある日、マルコはこれまで一度も会ったことのない韓国人の父が自分を捜していると聞き、韓国へ向けて旅立つ。マルコは飛行機の機内で、自らを「友達(チング)」と呼ぶ怪しい男「貴公子」と出会う。美しい顔立ちで不気味に笑う貴公子に恐怖を感じて逃げ出すマルコだったが、執拗に追われ徐々に追い詰められていく。

 

 

感想&解説

本作で監督を務めたパク・フンジョンは、2011年の「悪魔を見た」というイ・ビョンホンチェ・ミンシクによる復讐劇の脚本家として世に出てきてから、2014年「新しき世界」でイ・ジョンジェチェ・ミンシク、ファン・ジョンミンという、韓国映画界の大スターが登場する”潜入捜査ものノワール”で、一気に注目されたクリエイターだ。「悪魔を見た」のストーリー展開も見事だったが、特にこの「新しき世界」は2010年代の韓国映画界を代表する大傑作だったと思う。そしてその後のターニングポイントは2018年の「The Witch 魔女」で、監督/製作/脚本の全てを担当したこの作品はファンタジー色が強い作風でありながらも、映像的にも高いクオリティと惹き込まれる脚本によって、やはり素晴らしい一作になっていた。続編である「THE WITCH 魔女 増殖」の公開も記憶に新しいだろう。

そんなパク・フンジョン監督による新作が「貴公子」だ。”韓国アクションノワールの傑作”という宣伝文句から、やはり「新しき世界」の路線を期待してしまったが、実際にはかなり違う作風だった本作。今回の作品は、”先の読めない完成度の高い脚本”というよりは、このキム・ソンホ演じる”謎の貴公子”のキャラクター自体を楽しむべき作品だと思う。とにかくこの名前のない”貴公子”の演出が面白いからだ。冒頭のシーンでは、暴力団組織に拘束されている貴公子がいとも簡単にそこから脱出し、ブランドものの靴に相手の血が付くことを嫌う場面から始まる。人の命を軽く考えている、サイコパスな男でありながら戦闘能力が異常に高いという役柄だ。他の映画なら、いわゆる典型的な”悪役キャラ”だろう。この“貴公子”はブランド物を身にまとい、咳一つするときもハンカチで口を覆いながら、ニヤニヤとした笑みを絶やさない。フィリピンから連れてこられたマルコが逃亡した為に追いかけるシーンでも、圧倒的な身体能力で屋根や塀を飛び移り、高い高架から飛び降りても傷ひとつ受けないのだ。

 

キム・ソンホは役作りにおいて、スタンリー・キューブリック監督の「時計じかけのオレンジ」における主人公アレックスを参考にしたらしいが、個人的にこの追跡シーンを観ている時に思い出したのは、「ターミネーター2」の”T-1000”だ。それくらい人間離れしたサイボーグ感が強い演出なのである。ところが、雨が降り出した途端に彼はマルコを追うのを止めてしまう。咳き込みながらヘアスタイルの乱れを気にする貴公子は、雨に濡れるのが嫌だったという演出だ。終盤までこのキャラクターがサイコパスな殺人鬼なのか、何か特別な理由を持った変人なのかは分からないが、「僕は一度もターゲットを逃したことがないんだ」と言いながら、マルコを追うこのキャラクターを演じるキム・ソンホのイケメンぶりと、善悪の分からない行動と奇怪なセリフによって本作は緊張感を保っているのは事実だろう。だがここからネタバレになるが、ストーリーの骨格が分かる終盤以降では、ほとんど前半の”神秘性”は無くなってしまう。対向車のトラックにぶつかりそうになって「死ぬかと思った」と本気で言ったり、擦り傷を負った途端に「痛い」を連発して大げさに痛がる、強くて気のいい”善人キャラ”になってしまうのだ。この映画、前半はバイオレンスアクション満載のノワールタッチなのだが、後半は急にコメディ色が濃くなって全体的に軽くなるのは、この貴公子のキャラクターが変わってしまうせいだろう。

 

 

ストーリーとしては、以下だ。韓国との混血児”コピノ”として父を知らぬままフィリピンで貧しい暮らしを送る青年マルコは、病気の母の手術代のため地下ボクサーとしてファイトマネーを稼ぐ日々。だが突如、大富豪だと言う父の使いが現れて韓国に連れていかれるが、実はマルコを韓国に呼び寄せていたのは彼の腹違いの兄ハンだった。ハンは危篤状態の父の遺産目当てで、マルコの心臓を欲していたのだ。さらに「友達」を名乗る不審な男の登場とそこに正統な遺産相続の権利を持つ、ハンの義理の妹と女性弁護士もマルコの命を狙ってくるという、”遺産相続”がテーマの物語なのだが、終わってみるとストーリーにはツッコみどころが多くて納得感が薄い。まず心臓移植の手術は、親子の心臓じゃなくても受けられるはずで、特にあれほどの金持ちであれば海外のドナー登録者からでも移植手術は受けられるだろう。ハンはあんな屋敷の部屋の片隅にベッドを置いている場合ではなく、すぐにもっと大きな病院に父親を移すべきだ。

 

さらに最後のドンデン返しのオチとしては、マルコはまったく一族の血を継いでいない赤の他人であり、女性弁護士ユンジュから捜索を依頼された貴公子が、施設の子供の中から”強くて賢い子”を選んだという事だったが、彼は金のためにユンジュを裏切り、マルコをハンに引き渡そうとしたという事らしい。その為、空港から弁護士に連れられ車で父親の元に向かうマルコの前に現れ、カーチェイスと逃走の末にまんまとマルコに逃げられてしまう訳だが、彼はなぜ派手に人を殺して目立つことをやるのか?が疑問だ。彼の実力があれば、もっとスムーズにマルコだけを拉致することは簡単だろう。飛行機の中でも、自らを“友達(チング)”と呼び、マルコの前にすでに現れているのだ。しかも去り際に「君は韓国に殺されにいくんだ」と耳打ちするシーンも、なぜそんな事を本人に告げて脅していた(怖がらせていた)のかも謎だ。最初に観ている時は、この貴公子の目的が不明なのであまり違和感を感じないが、オチが分かって振り返ると彼の行動全般にモヤモヤしてしまう。

 

そして本当に貴公子の目的が金だけであれば、彼が本当に結託すべきはマルコだろう。彼を執拗に追いかけるのではなく、マルコに全ての事情を話しておいて、一緒に金を受け取れるように相談すればもっと話は早いし楽だからだ。マルコはそもそも金が欲しいので利害は一致する。彼さえ味方に付けてしまえば、父親が危篤で焦っているハンは圧倒的に不利なので、金を遠隔で受け取る方法はいくらでもありそうだ。結果的にハンにマルコを奪われた上に、彼の屋敷に単身乗り込んで、マルコの頭に銃を突き付けて銀行に入金させ、最終的には目撃者(腹違いの妹)がいる前でハンも含めて皆殺しなど、プロの殺し屋としては最悪の打ち手だ。最終的にはハンから奪った金で、孤児施設の立て直しやマルコの母親の手術費を捻出しハッピーエンドとなるが、貴公子の咳も実は”禁煙”によるものだったというコントのオチみたいなエンディングだったので、次回作も視野に入れているのかもしれない。

 

アクションシーンについては、やはり高いクオリティで見応えがある。しかし映画の構造上、展開されているアクションの理由と目的が判然としないので、やや冗長に感じてしまったのも事実だ。貴公子の正体とマルコを追う理由について、鑑賞後に「なるほど、そういう理由だったのか!」と膝を打つ内容であればスッキリと劇場を後にできたと思うが、貴公子の行動は不可解だし、マルコのボクサーという設定は後半は特に活かされず、女性弁護士ユンジュがやたらと銃と車をうまく使いこなす事にも説明はない。キム・ソンホ演じる”貴公子”のキャラクター自体は魅力的だし、”コピノ”や財閥との格差などの社会性も取り入れている事や派手なアクションシーンがある事で、映画を観ている最中は面白く時間が過ぎていく。だが結論、あまり細かい事を気にせず、重厚な韓国ノワールというよりもアクションコメディくらいのイメージで鑑賞した方が良い作品かもしれない。

 

 

6.0点(10点満点)