「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」を観た。
北朝鮮の核開発をめぐり緊迫する1990年代の朝鮮半島を舞台に、韓国工作員の活動を描いたスパイサスペンス。韓国のゴールデングローブ賞と呼ばれる「百想芸術大賞」で作品賞、イ・ソンミンが獲得した男性最優秀演技賞の2部門を受賞し、数々の映画賞を総ナメしているらしい。監督は「悪いやつら」のユン・ジョンビン。主演は「哭声コクソン」で悪徳祈祷師を演じていたファン・ジョンミン。改めて、韓国映画のレベルの高さを思い知らされる骨太の傑作であった。今回もネタバレありで。
監督:ユン・ジョンビン
出演:ファン・ジョンミン、イ・ソンミン、チョ・ジヌン
日本公開:2019年
あらすじ
1992年、北朝鮮の核開発をめぐって朝鮮半島の緊張状態が高まる中、軍人だったパク・ソギョンは北の核開発の実態を探るため、コードネーム黒金星(ブラック・ヴィーナス)という工作員として北朝鮮に潜入する命令を受ける。事業家に扮したパクは3年にもおよぶ慎重な工作活動の末、北朝鮮の対外交渉を一手に握るリ所長の信頼を得ることに成功し、北朝鮮の最高国家権力である金正日と会うチャンスをものにする。しかし1997年、韓国の大統領選挙をめぐる祖国と北朝鮮の裏取引によって、自分が命を賭けた工作活動が無になることを知り、パクは激しく苦悩する。果たして彼は祖国を裏切るのか、それとも国が彼を切り捨てるのか。また北朝鮮はパクの工作に気づくのか。
感想&解説
鑑賞しながら、一番思い出したのは2011年のトーマス・アレフレッドソン監督「裏切りのサーカス」であった。もちろん、「裏切り〜」はイギリス秘密諜報部を描いた作品の為、作品のルックスは全く違うが、東西冷戦を舞台に水面下で行われる様々な情報戦と裏切りを描いた作品と、北朝鮮の核兵器を巡り南北のヒリヒリした駆け引きが描かれる今回の「工作」は作品のタッチが近い気がする。どちらも派手な銃撃戦やカーアクションがあるタイプのスパイ映画ではなく、映画の中心にあるのはあくまで心理戦と人間ドラマなのだが、そのレベルが非常に高いので鑑賞後の満足度は高いだろう。
本作の中心人物は4名だ。事業家になりすまし北朝鮮の上層部に接触し続ける元軍人のパク・ソギョン、北朝鮮内で強い影響力を持ち、常に冷静な対外経済委員会所長リ・ミョンウン、また潜入中のパク・ソギョンに指示する国家安全企画部の室長チェ・ハクソン、さらに北朝鮮の国家安全保衛部の要員チョン・ムテク。北朝鮮と韓国側で2名ずつ配置された、この4名がそれぞれの立場と状況からドラマを展開していくのだが、彼らの配置と設定が巧みな為、劇中で不自然なセリフや行動が無く、映画の世界観にしっかり没入できる。
作品の構造は、主人公のパクが北朝鮮の核開発の状況を探る為、スパイの身分を勘ぐられないように北朝鮮の幹部と接触しながら、ビジネスマンとして振る舞う駆け引きを、観客はハラハラしながら見守ることになる。いわゆる「バレる?バレない?サスペンス」だ。この演出が見事な為に、主人公パク・ソギョンが絶体絶命のピンチに陥る度に、本当にドキドキさせられる。特にまだ冒頭の主人公パク・ソギョンと外経済委員会所長のリ・ミョンウンの間に信頼関係が形成されていない、円卓の食事シーンなどは、録音テープの存在がいつバレるかと素直に手に汗握るシーンになっている。この北側のリ所長は本質的には韓国側ともビジネスを通して、もっと開かれた北朝鮮になるべきだと感じているキャラクターであり、本作のもう一つの見どころは、このパクとリ所長の北と南を越えた友情にある。特にラストシーンには、時計とネクタイピンというお互いの贈り物という小道具を活かして、共に民族分断を憂う男たちの熱い想いが伝わる為に、まんまと感動させられるのである。
もう一つのこの映画の白眉は、主人公パクが北朝鮮に呼ばれて、最高権力者キムジョンイルに接見するシーンであろう。キムジョンイルに会うまでの途方もないプロセスと、非人道的な扱いもさることながら、目を合わせてはいけない、言葉を遮ってはいけないなどの謁見ルールと、その緊張感からまるで自分がその場に居合わせたかのような気分になる、ここは名シーンだったと思う。さすがにロケは出来ない為に韓国にセットを作ったらしいが、過去の映画でも観たことのない北朝鮮という国の独特のリアリティが感じられた。
本作「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」は、シナリオ、役者の演技、プロダクトデザイン、衣装、セットとどこを取っても、非常に高いレベルで作られた傑作スパイサスペンスだと思う。国という組織と政治に翻弄される、男たちの駆け引きと友情を描いた骨太の作品として、こんなに公開規模が小さいのがもったいない位によく出来た作品だ。DVDリリース時にでも良いので、是非お見逃しのないように。
採点:7.5(10点満点)