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映画「生きる LIVING」ネタバレ考察&解説 オリジナルとの違いや各シーンやセリフを解説!オリジナルへのリスペクトを感じる、完璧なリメイク作!

「生きる LIVING」を観た。

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黒澤明監督による1952年の名作「生きる」を、1953年のイギリス・ロンドンを舞台にしてリメイクしたヒューマンドラマ。脚本は長編小説「日の名残り」「わたしを離さないで」などが世界中で高い評価を得ている、ノーベル賞作家カズオ・イシグロが担当している。監督は日本公開としては、本作が長編デビュー作となるオリバー・ハーマナス。第95回アカデミー賞では「主演男優賞」「脚色賞」に、第80回ゴールデングローブ賞では「最優秀主演男優賞」にそれぞれノミネートされている。出演は「ラブ・アクチュアリー」「パイレーツ・オブ・カリビアン」「パイレーツ・ロック」などのビル・ナイ、海外ドラマ「セックス・エデュケーション」のエイミー・ルー・ウッド、「パーティで女の子に話しかけるには」のアレックス・シャープ、「オンリー・ゴッド」のトム・バークなど。黒澤明の不朽の名作を、どのようにリメイクしたのか?今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:オリバー・ハーマナス
出演:ビル・ナイ、エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープ、トム・バーク
日本公開:2023年

 

あらすじ

1953年、第2次世界大戦後のロンドン。仕事一筋に生きてきた公務員ウィリアムズは、自分の人生を空虚で無意味なものと感じていた。そんなある日、彼はガンに冒されていることがわかり、医師から余命半年と宣告される。手遅れになる前に充実した人生を手に入れたいと考えたウィリアムズは、仕事を放棄し、海辺のリゾート地で酒を飲んで馬鹿騒ぎするも満たされない。ロンドンへ戻った彼はかつての部下マーガレットと再会し、バイタリティに溢れる彼女と過ごす中で、自分も新しい一歩を踏み出すことを決意する。

 

 

感想&解説

これは、ほとんど完璧なリメイク作品だと思う。しかも黒澤明版の「生きる」が143分という2時間越えの尺だったので、その気持ちで鑑賞し始めたら、あっという間に終わってしまった。後から確認すると、なんと本作は103分とオリジナルよりも40分も短いらしい。だが不思議なことに、作品のイメージや受ける印象はほとんど変わらない。冒頭こそ、オリジナルの志村僑が”お役所仕事”をしている姿を映しながらの、「これが、この物語の主人公である。しかし、今この男について語るのは退屈なだけだ。なぜなら、彼は時間をつぶしているだけだからだ。彼には、生きた時間がない。」というあの有名なナレーションがないため、変わった印象を受けるのだが、その後のストーリー展開については細かい演出やセリフの違いはありつつも、かなり忠実なリメイク作品だと言えると思う。その割にはオリジナルより40分も短いという意味では、やはり本作の脚本は極めて上手いのだろう。

また演出としてもわかり切った部分や余計なシーンは描かずに、見事にテンポ良く刈り込んだ演出を見せる。例えばビル・ナイ演じる、ウィリアムズがガンを医者から宣告されるシーンも長々と内容を説明される描写が続きそうだが、まったくそのあたりは描かれずにあっさりとカットが変わるし、彼が帽子を無くした後のシーンで、”劇作家の男サザーランド”が代わりの帽子を、別の男から買い取ってくると席を離れた次の場面では、もう新しい帽子を被ったウィリアムズが現れることで、交渉シーンは全てカットされていたりする。本作は万事がこのテンポ感なので、非常に観やすいのだ。かと思えば、踊り子のいる酒場で一人テントを離れたウィリアムズを追って、劇作家の男が夜の闇に目を向けてウィリアムズを探すシーンでは、まるで死の世界からなんとか生還してきたように、彼が闇の中から現れるまでをじっくりと描写したりして、場面によっては単に短縮するだけではない。そのシーンの意図を描くのに必要な尺を計算し尽しているかのように、過不足なく各場面を描いているのである。

 

また主人公の設定を”英国紳士”にしているのも良い。ウィリアムズは「子供の頃から英国紳士に憧れていた」というセリフがあるが、彼の凛とした風格と佇まいが、間違いなくこの映画を格調高いものにしており、黒澤明オリジナルへの配慮を感じる。作り手もやはりオリジナルへの強いリスペクトがあるのだろう。冒頭から4:3のスタンダードサイズの画面に、粒子の荒い画質でロンドンの情景が映し出され、クラシカルなフォントで俳優たちのクレジットが表示される。ここだけ観れば、まるで1950年代の作品が始まったかのようだ。本作の舞台は1953年ということで、あえて現代劇に修正したりせず、オリジナルの時代を踏襲しているのも意図的なのだろう。また中盤の展開で、自分のやるべき事を見つけたウィリアムズが部下を率いて外に出かけるシーンなどが、オリジナル版と同じ構図で撮られているのも、本作において重要なシーンだと、作り手たちが考えているからだと思う。とにかく黒澤明バージョンで描きたかったコンセプトを、そのまま舞台と人物設定をイギリスに置き換えて意図とリスペクトをもって描き直しているのである。だが、だからといって単なる焼き直しにはなっていないのが本作の優れたポイントでもある。

 

 

それがアレックス・シャープ演じる新人職員ピーターの存在だ。ここからネタバレになるが、彼は唯一、死ぬ運命であるウィリアムズの意志を引き継ぐ者として登場している。このピーターの存在はオリジナル作品からの大きな変更点だろう。彼だけがウィリアムズが不在の時にも、「課長に戻ってきてほしい」と言い、ウィリアムズの存在に敬意を抱いている。だからこそ、生前のウィリアムズが役所の中で粘り強く交渉し、スタッフの信頼を得たことで公園の再開発に成功したことを思い出し、市民課のメンバーが一丸となるも、結局上司たちは普段の仕事ぶりに戻ってしまう姿を見て、誰よりも反発を覚える。そして、そんなピーターにウィリアムズは手紙を残す。この手紙もオリジナルにはなかったシーンなのだが、そこには小さな公園の存在はいずれ皆に忘れられてしまうだろうし、これからの仕事で落胆することもあるだろうけど、そんな時はあの公園を作った時の達成感や満足感を思い出してほしいというメッセージを託す。この”若者への継承”があることで、オリジナル版のややダークな結末よりもかなり明るい後味を残すのだ。

 

さらにピーターとマーガレットが結ばれるというラストも、未来への希望を強く感じさせる。そもそもマーガレットとの出会いによって、ウィリアムズは”生きること”の価値を見出していくという、彼女は本作において重要なキャラクターなのだが、特にランチで訪れた高級レストランで、マーガレットがパフェを注文するシーンが印象的だ。あの瞬間のマーガレットの笑顔を見ているウィリアムズの表情に、カメラがズームするのだが、この場面がこの映画においての転換点なのだと思う。生きることの喜びを満面の笑みで表現したマーガレットの表情を見ながら、何かに気付かされたようなウィリアムズは、夜の街で飲み歩くことでは発見できなかった価値をそこに感じる。この場面、セリフではなく二人の表情だけでそれを雄弁に語っている素晴らしいシーンだった。このピーターとマーガレットという二人の若者が、ウィリアムズの意志を継いでいくという展開は、”生きる事の意味とは?”というテーマを扱った本作においては、重要な意味合いを持つと感じる。この展開にこそ、この「生きる」という名作を、2022年にリメイクした意味があるような気がする。

 

もちろんセリフも素晴らしい。突然職場に現れて、部下を連れて外に出ようとするウィリアムズに、部下が「ドシャブリですよ」と問いかけると、「なんとかなる」と返す何気ないセリフも、この逆境の中で彼がこれから行おうとしている行動に対する感情を示唆しているし、オリジナルでは「ミイラ」だった”あだ名”が「ゾンビ」に変更されているのも、まるで死人が動いているかのような、職場でのウィリアムズを表現するワードであると同時に、妻が亡くなる前には活発だった時期があったというダブルの意味で、ピッタリだった。父と息子のシーンでも、序盤におけるガンの事実を知った上で、「少し話せるか?」という父の問いかけに対して息子が取った行動と、ウィリアムズの死後に息子が「なぜ話してくれなかったんだ」と悔やむセリフとが、見事な対比になっているのも上手い。また志村喬が歌っていた「ゴンドラの唄」は、スコットランド民謡の「ナナカマドの木」に変更されていたが、この過去の故郷や知人たちを思い出し、それらへの想いを馳せた歌詞の内容によって、彼が自分の人生を振り返っているというニュアンスが強くなっていて、ピアノをバックに歌うシーンで言葉に詰まってしまう展開や、ラストのブランコのシーンが一層胸に刺さってくるのだ。

 

エンドクレジット前の「The End」という文字を観ながら、「良い映画を観たな」と強く感じられる一作だった。とにかくオリジナルの持つ良さを損なわないまま、ソリッドに枝葉を刈り込んだような作品だ。いわゆる”お仕事映画”としても、強いメッセージ性を持った作品だし、これから何かに悩んだり辛くなった時にも観直したくなる映画だった。黒澤明監督のオリジナルに強い愛着のある方には異論もあると思うが、上映時間のタイトさや画面のクオリティからいっても、個人的には「生きる」を未見の方にはこのリメイク版をオススメしたいくらいだ。ビル・ナイを始めとする役者陣の達者ぶりと、演出とセリフの上手さであっという間に時間が過ぎた本作。クオリティの高さの割には、やや上映規模が小さいのが残念だが、非常に上品で力強い良作であったと思う。

 

 

8.0点(10点満点)