映画「ウォーフェア 戦地最前線」を観た。

「エクス・マキナ」「MEN 同じ顔の男たち」などでメガホンを取り、前作「シビル・ウォー アメリカ最後の日」をA24とタッグを組んで大ヒットさせたアレックス・ガーランド監督による新作。米軍特殊部隊として従軍経験を持つレイ・メンドーサを、共同監督に迎えて手がけた戦争アクションだ。メンドーサのイラク戦争での実体験をもとに、決死の戦場を可能な限りリアルに再現している。出演は若手俳優ディファラオ・ウン=ア=タイ、「デトロイト」「ミッドサマー」のウィル・ポールター、「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」「ファンタスティック4 ファースト・ステップ」のジョセフ・クイン、「SHOGUN 将軍」のコズモ・ジャービス、「メイ・ディセンバー ゆれる真実」のチャールズ・メルトンなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:アレックス・ガーランド
出演:ディファラオ・ウン=ア=タイ、ウィル・ポールター、ジョセフ・クイン、コズモ・ジャービス、チャールズ・メルトン
日本公開:2026年
あらすじ
2006年、イラクの危険地帯ラマディ。アメリカ軍特殊部隊の8人の小隊が、アルカイダ幹部の監視と狙撃任務に就いていた。ところが想定よりも早く事態を察知した敵が先制攻撃を仕掛け、市街地での全面衝突が勃発。退路を断たれた小隊は完全に包囲され、重傷者が続出する。部隊の指揮を執ることを諦める者、本部との通信を断つ者、悲鳴を上げる者など現場は混迷を極めていく。そして負傷した仲間をひきずり放心状態の隊員たちに、さらなる銃弾が降り注ぐ。
感想&解説
前作「シビル・ウォー アメリカ最後の日」でアメリカの分断と内戦を生々しいタッチで描き、大ヒットさせたアレックス・ガーランド監督が再びA24と組んだ新作が、この「ウォーフェア 戦地最前線」だ。米軍特殊部隊として従軍経験を持つレイ・メンドーサを共同監督に迎え、イラク戦争での実体験を極限まで再現したという戦争アクションだが、キャッチコピーは「95分間、戦場に閉じ込める」というもので、予告編からはかなりリアリティを追求した作風らしいことが窺える。ただ実際に劇場で体感すると、かなり突き抜けたコンセプトを持った映画であることと、描きたいテーマがハッキリと感じられる作品だったと思う。
まず本作は、いわゆる”娯楽映画”のフォーマットから逸脱している。映画は脚本があって、複数のカメラの前で役者が演技し、その映像に音楽や特殊効果を足し、それらを編集によって切り貼りすることで一本の作品が作られる。それは監督などの作り手が”観客”に対して適切な情報を整理したり、特に観て欲しいポイントを強調したりしながら、劇中の”時間や空間”をコントロールしてあげることで、キャラクターに感情移入したり設定を飲み込みやすくするための工程だ。多くの商業映画、特に娯楽映画は観客が違和感なく物語を堪能できるように作られていて、最低限、登場人物たちの行動やセリフで混乱しないように編集が施され、感情を盛り上げるようにシーンには監督が意図したBGMが付けられる。
ところが本作には、そういった”作劇的な説明”をほとんど感じない。劇中にBGMは一切なく、エンターテインメントというより、まるで戦場ドキュメンタリーのような作品なのだ。アメリカ特殊部隊がイラクの危険地帯で、おそらくアルカイダ幹部と思われるメンバーの監視のために、ある家に立てこもる場面から映画は始まるが、彼らがそれぞれどのようなポジションで、どんな背景を持っていて、この任務のゴールが何なのか?など、いわゆる”観客への説明”となる部分はまったく描かれない。いきなり兵士の間で軍隊の専門用語が飛び交い、部屋の中に手榴弾が投げ込まれたかと思えば、あれよあれよという間に事態は悲惨な状況に陥っていく。タイトルの「ウォーフェア」とは“戦闘状態”という意味だが、本作は“映画史上最も本物に近い戦闘”と評されているように、映画としてストーリーやキャラクターそのものを描くことよりも、この戦場の臨場感と空気感を観客に伝えることに全振りしている映画だと感じる。
役者たちは撮影の3週間前から元特殊部隊のメンバーが考案/監督する特別プログラムに参加し、本物と同じ装備をつけて訓練したらしい。イラク戦争での実体験を再現する為に共同監督を起用していることからも、スクリーンに映るのは何度もリハーサルを繰り返し、適切な場所にカメラを配置した上での”統御された映像”になっているはずだが、観客はまるでいきなり戦場の中に放り込まれたような錯覚を覚えると思う。それだけ役者の演技やカメラワーク、衣装やセットという映画を構成する要素が巧くできているという事だろう。特に音響は素晴らしく、ペットボトルで水を飲む音から、銃弾が飛び交う音、爆発音からの耳が感じる無音状態まで、かなり計算された音響設定だったので、この映画の魅力を最大限感じるなら、出来ればDolby Atmosでの鑑賞がオススメだ。
映画の冒頭には「この映画は彼らの記憶をもとに再構成されたものである」と表示されるが、関係者への取材を通して本作の脚本は作られているらしい。ここからネタバレになるが、本作は本当に小さな舞台だけで構成されており、ほとんど一つの住宅の中だけで映画は進んでいく。そして兵士である彼らの行動はいつも無線で援軍を要請し、致命傷を負った仲間の手当てし、上空からの威嚇飛行を依頼して、救援までの時間をカウントダウンすることだけだ。アルカイダ側を”敵キャラクター”としては描く描写もないし、ヒロイックにアメリカ兵がアルカイダを次々と射殺する描写もない。一発逆転のミサイル射撃もない。自らの命を投げうって仲間を助けたりする描写もなければ、戦場で新しい友情が芽生えることもない。ただひたすらに敵に包囲された戦場という地獄の中で、仲間の足から流れる大量の血を止血しながら、彼らはそのうち救出してくれるアメリカ軍の装甲車を待つのみの映画なのだ。
アメリカ軍によって理不尽に家を占拠され、破壊された家族たちはアメリカ兵に対して「何故なの!?」と泣き叫び、身を寄せ合う。そしてアルカイダの兵士たちも戦闘が終わり、銃を携えながら何事もなかったようにフラフラと道に出てくるところで映画は終わる。まさに大義なき戦争だった”イラク戦争”を表現したような、カタルシスも感動もない極めて醒めたラストシーンだ。ストーリーらしいストーリーはほとんどなく、あえてキャラクターの内面や背景を描くこともない。観客が快感を感じる場面などもなければ、いわゆる溜飲が下がるようなエンディングもない。そういう意味では、娯楽映画としての要素は皆無だろう。いわゆる”面白い=エンターテインメント”な映画ではないのだ。
だが”映像体験”として戦場を追体験できるという意味では、かなり突き抜けたコンセプトの作品だと思うし、戦場の恐ろしさや残酷さを見せつけられるという点でも、強烈な反戦映画になっていると思う。この映画を観れば、自分は絶対にあの場所には居たくないと誰もが思うだろうからだ。あまりの痛みのために絶叫する兵士たちの姿を見て、今も世界各地で起きている戦争や紛争について、猛烈に考えさせられる作品だったことは間違いない。ウィル・ポールターやジョセフ・クインといった有名俳優も出演しているが、淡々と流れるエンドクレジットの楽曲を聴きながら、自分は本作を二度と観ることはないだろうなと感じた。それだけ強烈で目を背けたくなる映像体験だったと思うし、この「ウォーフェア 戦地最前線」こそ、映画館で体感しないと鑑賞する意味が半減してしまう作品だろう。「プラトーン」よりも「ブラックホーク・ダウン」よりも、そして「プライベート・ライアン」よりも映画的な快感や説明を排除し、戦場の臨場感と緊迫感を表現することだけに特化した突き抜けた一作だった。
5.5点(10点満点)