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映画「スティルウォーター」ネタバレ考察&解説 ポスターの「極上のサスペンス・スリラー」は偽りあり!ただし様々なテーマを含んだ、ヒューマンドラマの良作!

「スティルウォーター」を観た。

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2016年「スポットライト 世紀のスクープ」でアカデミー作品賞を受賞した、トム・マッカーシー監督がメガホンをとったヒューマンサスペンス。主演は「ジェイソン・ボーン」シリーズや「ディパーテッド」「オデッセイ」などのマット・デイモン。共演は「リトル・ミス・サンシャイン」「ゾンビランド」のアビゲイル・ブレスリン、「マリアンヌ」「ハウス・オブ・グッチ」のカミーユ・コッタンなど。トム・マッカーシーの監督/脚本作としては、「スポットライト」以来6年ぶりの作品となる作品で、フランス人の脚本家であるトーマス・ビデガンらと10年もの紆余曲折を経て作られた作品らしい。また「アマンダ・ノックス事件」という、イタリアで起こった実際の事件からもインスパイアされているようだ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:トム・マッカーシー
出演:マット・デイモンアビゲイル・ブレスリンカミーユ・コッタン、リル・シュヴォ
日本公開:2022年

 

あらすじ

5年前に娘のアリソンが留学先のフランス・マルセイユで殺人容疑で逮捕され、時折娘に会いにフランスの刑務所にに赴いているビル。ビルはアメリカ・オクラホマ州スティルウォーターに暮らしていた。真犯人の存在を娘に託された手紙から知ったビルは、シングルマザーのヴァルジニーと娘のマヤの助けを借りながら潔白を証明すべく聞き込みを重ねるが、地元民に妨害されたりと難航する。それでも諦めないビルは娘を取り戻したい一心で、真犯人を見つけ出そうと奔走する。

 

 

パンフレット

価格880円、表1表4込みで全28p構成。

A4オールカラー。紙質もクオリティ良し。マット・デイモンアビゲイル・ブレスリンなどキャスト陣のインタビュー、トム・マッカーシー監督のインタビュー、映画評論家の高橋愉治氏、秋本鉄次氏のレビュー、プロダクションノートなどが掲載されている。

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感想&解説

タイトルの「スティルウォーター」とは、アメリオクラホマ州の地名らしい。「なぜこのタイトルなのか?」は終盤で明かされるが、最後まで観ると含みのある良い題名だ。マット・デイモン主演の”サスペンス・スリラー”という宣伝だったので、上映館は少ないが期待しつつも鑑賞。想像とはかなり違う内容だったが、トム・マッカーシー監督作らしい良作で、ジャンルとしてはサスペンスというよりも”ヒューマンドラマ”に近い内容だと思う。ただマルセイユが舞台ということもあり、ハリウッド映画よりもヨーロッパ作品的な雰囲気が強い作風だ。娘が殺人の罪で5年もの間フランスの刑務所に入れられている男が、その罪を晴らすために言葉の通じない国で奮闘するというシンプルなストーリーながらも、「人種問題」や「世界におけるアメリカの立場」「親子関係」といった様々なテーマが入っているうえに、中盤以降は大きく脚本のツイストがある、力強い作品に仕上がっている。

まず主演のマット・デイモンが、アメリカのオクラホマで生きる不器用な父親を、髭面/キャップ/ダサいシャツという風体で演じており目新しい。失業中で日雇いの肉体労働をしながら、酒による暴力で逮捕歴があり、奥さんを自殺により亡くしているという、生き詰まった人生を送っている主人公なのだが、ここまで華のないマット・デイモンはあまり記憶にない。序盤にマット・デイモンが演じるビルがマルセイユの若者たちに集団暴行を受けるシーンがあるのだが、ジェイソン・ボーン」の雄姿を想像して、最終的には倒すだろうと思っていると、あっという間に囲まれてボコボコにされる。さらにガソリンスタンドにゴミのように放り出されるのだ。このあたりは過去のマット・デイモンのイメージからあえて荒っぽい演出をしているのだろうが、”ビル・ベイカー”というキャラクターの、心身共に弱い部分をよく表現している場面だった。

 

さらに序盤のビルはフランスに渡りながらもひたすら”英語”だけで話かけることで、他人と迎合しないタイプだということが理解できるし、娘のアリソンが大学を機にフランスに飛び立っていったということからも、父娘の関係が上手くいっていなかったことが示される。また常にキャップを被っていることから示される他人に心を開かない性格や、娘を落胆させないために嘘をつくシーンなどは、悪人ではないが”思慮の足らない人物”であることなど、今回のマット・デイモンは衣装や演技から、いわゆる”保守的なアメリカ白人”であることを全身で表現している。劇中でフランス人女性から「トランプに投票した?」と聞かれるシーンがある。これに対して、「(犯罪歴があるため)投票できなかった。」とビルは答えるのだが、もし投票していたらトランプに入れたという裏返しのような返答で、印象に残るセリフだ。これらのキャラクター設定が、本作においては非常に重要なポイントだと思う。今までアメリカだけで暮らし、”アメリカファースト”を信じてきた男が、フランスという異文化の中で新たな価値観を発見する物語だからだ。

 

そこで登場するのが、カミーユ・コッタンが演じる「ヴィルジニー」と「マヤ」という母子だ。たまたまホテルの部屋に入れなかったマヤという少女を、ビルが助けたことから、英語とフランス語が話せるヴィルジニーは、ビルの活動を通訳としてサポートしてくれることになる。「あまりに親切すぎるだろう」というツッコミがありそうなくらいに親身にビルを支えるヴィルジニーだが、差別主義者の老人にキレるシーンがあるように、彼女は極めてリベラルな人物だ。また演劇をやっている女優という設定からも、”アーティステックな感性”をもった人物である事が描かれる。つまり、ビルとは対極にいる人物なのである。そして娘のマヤも、ある意味で子供のようなビルと意気投合して仲良くなる。この二人を通じて、ビルの価値観は変化していく。序盤はフランス語しか話さないマヤとの間に、会話は通じない。だが長い時間を共有して”コミュニケーションする”という意思があれば、カタコトでも意思疎通は取れてくる。これらが二人の英語とフランス語を教え合うシーンによく表れていた。

 

そしてヴィルジニーとの関係にも変化が現れる。それは以前は「興味がない」と言っていた、ヴィルジニーが所属する「演劇の舞台」をビルが観に行くことから表面化する。ビルは”演劇を理解できない”かもしれないが、”ヴィルジニーそのもの”を理解しようとしたからだ。それにより彼らは恋に落ち、娘マヤも含めた3人は疑似的ではあるが”家族”になる。サミー・スミスの楽曲を聴きながらダンスするシーンは、本作でもっとも美しい場面だ。これは国境や立場を越えて愛し合う姿を表現しているからだろう。そしてその対照として、ビルの実の娘であるアビゲイル・ブレスリンが演じる「アリソン」という存在がいる。フランスで投獄されているアリソンが、「真犯人は別にいる」という趣旨の手紙を弁護士に渡してほしいとビルに預けることからこの物語は始まっていくのだが、彼女が本作でもっとも複雑なキャラクターだ。容疑者であるアキムを取り逃したあと、アリソンと面会したシーンでの激昂ぶりなどから感情的な一面があるかと思えば、素直に父親との再会を喜んだりマヤの世話をしたりと優しい一面もある。かと思えば、一日だけ仮釈放された際、同居しているシングルマザーのヴァルジニーに「父のことは信頼しないほうがいい」と冷徹に語る表情など、まるで天使と悪魔が共存しているような役柄だ。

 

 

ここからネタバレになるが、実際に殺人を犯したのはアキムだったが、間接的にそれを依頼したのはアリソンだったという事実が、アキムの口から語られる。サッカー場でアキムを発見したビルが彼を地下室に監禁するのだが、ここでの二人のやりとりも特徴的だ。マヤとの間ではあれほど会話が成立していたにも関わらず、ここでのビルはまったくアキムとコミュニケーションが取れない。いや、取ろうとしないのである。カタコトの英語で真実を告げるアキムに、「何を言っているのかわからない」と言葉が解らないふりをして、真実から目をそらすビル。ここにも本作のテーマが透けてみえる。アキムのDNAから実行犯が発覚し、娘のアリソンは釈放されるのだが、アキムを地下室に監禁していたことがヴィルジニーに知られ、ビルは別れを告げられる。そして娘と故郷のスティルウォーターに戻ってくるのだが、ここでのラストシーン、娘のマヤは「ここ(スティルウォーター)は同じままね」と言うのに対して、ビルは「すべてが変わって見える」と答える。これはマルセイユでのヴィルジニーとマヤとの出会いによって、ビルの価値観が大きく変化したからこそのセリフだ。人生において”かけがえのない出会い”を得たのに、それをまた失ってしまった男のクローズアップで本作は幕を閉じる。以前の彼は「娘を刑務所から救うこと」だけが人生の全てだったが、世界に出て初めて新しい価値観を知ったのである。

 

だからこそ、このラストは非常に物悲しい。そしてそれに気づいているが故に、父の新しい人生を壊してしまったことに対して、”謝罪の言葉”を口にするマヤ。この二人はずっと業を背負って生きていくのであろう。素晴らしい作品だった。アクションや過度にサスペンスフルな展開で引っ張る作風ではないが、地味ながらも考え抜かれた脚本と演出で、鑑賞後の満足感は高い。そういう意味では「スポットライト 世紀のスクープ」のトム・マッカーシー監督らしい、良作だったと思う。ややストーリー的にはやや強引な展開もあるが、論理性を求められるサスペンスではなくヒューマンドラマだと思えば、さほど気にはならない。そういえば、「リトル・ミス・サンシャイン」ではあれほど小さかったアビゲイル・ブレスリンが、ずいぶんと立派になってスクリーンで観れたのも嬉しかった。トム・マッカーシー監督の新作ということもあり、スルーするにはもったいない作品だ。

 

 

7.5点(10点満点)