「ブラックボックス 音声分析捜査」を観た。
2014年の伝記映画「イヴ・サンローラン」で世界中の評価を得たピエール・ニネ主演で、「音声分析官」というあまり馴染みのない職業のプロが、旅客機墜落事故の真相に迫るというサスペンスだ。本国フランスでは観客動員数120万人を突破し大ヒットしたらしい。監督は2015年「パーフェクトマン 完全犯罪」に引き続き、ピエール・ニネと再びタッグを組んだヤン・ゴズラン。共演は「夜明けの祈り」のルー・ドゥ・ラージュ、「パリよ、永遠に」のアンドレ・デュソリエなど。本作は、国家機関である「BEA (フランス民間航空事故調査局)」が全面協力していることでも話題になっている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:ヤン・ゴズラン
出演:ピエール・ニネ、ルー・ドゥ・ラージュ、アンドレ・デュソリエ
日本公開:2022年
あらすじ
ヨーロピアン航空の最新型機がアルプスで墜落し、乗客乗務員316人全員が死亡。さらに、事故機のフライトレコーダー、通称「ブラックボックス」を開いた航空事故調査局の音声分析官ポロックが、謎の失踪を遂げる。ポロックから調査を引き継いだマチューは「コックピットに男が侵入した」と記者会見で発表。乗客にイスラム過激派と思われる男がいたことが判明したことで、マチューの分析は高く評価される。ポロックに代わる責任者としてさらなる調査を続けるマチューは、被害者の一人が夫に残した事故直前の留守電を聞く。しかし、その音がブラックボックスに残された音と違う事実にマチューは愕然とする。
感想&解説
キャッチコピーの「音だけで真実を暴け!」と予告編に惹かれて、まったくノーマークの作品だったが鑑賞。2019年に日本公開されたデンマーク映画「THE GUILTY ギルティ」のような”コンセプトありき”の作品かと思いきや、実際は良くも悪くも”王道のサスペンス”といった内容だ。ただし航空業界を舞台にした作品のため、業界の裏側を覗き見るようなリアルな専門用語やセリフのやり取りは楽しいし、「音声分析官」という、飛行機に取り付けられた”ブラックボックス”と呼ばれるボイスレコーダーから、音声を抜き出し、それを解析することで事故原因を探るという職業自体も興味深い。どうやら映画史上初らしいのだが、本作を作るにあたって、フランスの国家機関である 「BEA」という「航空事故調査局」が全面協力しているらしい。またヤン・ゴズラン監督は、主演のピエール・ニネにフランシス・フォード・コッポラの74年作品「カンバセーション…盗聴…」を観るように勧めたらしいが、ジーン・ハックマンが演じたキャラクターは本作の主人公の役作りに大いに影響を与えたようだ。
冒頭、墜落するヘリコプターの音声から”故障した箇所”を見事に的中されるという、主人公マチューの類まれなる「音」に対する能力の高さが表現され、いわゆる「お仕事映画」の側面も見せてくるのも楽しい。また雑音だらけのパーティー会場にいる時に、過度にボリュームを上がって色々な音がミックスされて聴こえてくる演出は、マチューには「こう聞こえている」のだという描写になっており、ダリウス・マーダー監督「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」における、”難聴表現”などを思い出した。また音に敏感すぎるために”同僚の貧乏ゆすり”を指摘するなどのシーンも、彼のプロフェッショナルぶりが垣間見えて良い。劇中で、妻からも「いくら有能でも頑固だと嫌われるから、時には妥協しなきゃ」と言われる場面があるが、本作の主人公はこだわりが強く、独自の世界を持っている天才肌であり、職人気質のため社交性とは程遠い孤立しやすいキャラクターなのだ。これを眼鏡スタイルのピエール・ニネが、実に上手く演じている。
ストーリーの概要としては、下記だ。ヨーロピアン航空の最新飛行機がアルプスで墜落し、乗客乗務員316人全員が死亡したという一報が、航空事故調査局の責任者であるポロックに入る。いつもであれば、局で最も鋭い能力を持つ音声分析官のマチューが同行するはずが、直前にマチューは上司であるポロックと対立してしまっており担当から外されてしまう。ところが、事件を担当した途端に責任者であるポロックが謎の失踪を遂げ、その後を引き継ぐことになるマチュー。彼は機体に残されていた“ブラックボックス” と呼ばれるボイスレコーダーを解析し、その乗務員の音声や足音から、コックピットに男が侵入したことによる「テロ犯罪」の可能性を指摘し、記者会見で発表する。その後、乗客にイスラム過激派と思われる男がいたことが判明し、事故原因がほぼ確定されたことにより、マチューは高く社内で評価され、責任者として抜擢される。
そんな時、一本の連絡がマチューに入る。事故直前に、被害者の女性が夫に残した留守電が見つかったのだ。それを聴いたマチューはブラックボックスの音声と留守電に残された音の矛盾に気づき、ブラックボックスのデータが改ざんされた可能性を感じる。だが会社はこの事実を認めずマチューは孤立を深めていくが、事故はテロリストのせいではないと確信し、独自の捜査に乗り出していく。ポロックの自宅に侵入し、彼のPCや車載カメラから、マチューの友人でありAI を活用した自動操縦の仕組みを作る「ペガサスセキュリティ」の社長グザヴィエとポロックの接点を知り、さらに新型航空機の認証機関に勤めるマチューの妻ノエミにも疑惑の目を向けていく。そんな時、「ペガサスセキュリティ」を解雇されたハッカーの存在が明らかになり、飛行機事故はハッカーの犯罪であることが明らかになる。なぜブラックボックスのデータは改ざんされていたのか?そしてポロックの行方は?
正直、あまりに要素を積み込み過ぎで、リアリティの部分でかなり失速してしまった感が強い。ここからネタバレになるが、特に飛行機事故の原因が機内にいたハッカーの行動という事実には、思わず顔をしかめてしまった。映画の中のハッカーは「とにかく何でも出来てしまう人」の代名詞だが、この航空業界をリアルに描く作品の中で、ロクなネット回線もない"機内の座席"から、飛行機全体の操縦をハッキングしようとするのは流石に無理があるだろう。またブラックボックス自体をポロックが入れ替えて、湖の中に隠しておいたということだが、フランスの国家機関「BEA」の中でそんな事が出来てしまうなら、セキュリティがあまりにガバガバすぎる。そもそも厳格な体制の上で、ブラックボックスは開けられるという描写をあえて入れておきながら、「実は前から差し替えられていました」はややアンフェアだ。
また「BEA」の責任者であるポロックが、AI を活用した飛行機の自動操縦を推奨する会社に買収されており、実は社長グザヴィエが黒幕でしたというオチなのだが、すでにポロックは殺されているとはいえ、恐喝されていたポロックが証拠を残しているリスクは考えなかったのだろうか。またせっかくあれだけの人死が出た事故の原因を隠蔽できた直後に、あんな発表会を行うか?とか、終盤はマチューも殺されるが、さすがに一企業がマフィアみたいに人を殺し過ぎだろとか、そもそもポロックはあんな動画をマチューに残すくらいなら、さっさと出てきて事実を公表すればいいのにとか、終盤は特にキャラクターたちの行動が理解できない。後半はほとんど音声分析の場面が出てこないのも、マイナス要素だ。
とはいえサスペンスとしては、そこそこ面白い。ストーリーがどこへ行くのか?もうまくミスリードが効いており、主人公マチューの狂気じみた行動と共に登場人物の誰もが怪しく感じてしまうのは、良いサスペンスの条件だろう。最後に主人公を殺す必要はなかったのでは?とは思うが、このあたりはいかにもフランス映画という感じだし、作劇上の盛り上げのためには必要だったのかもしれない。それにしても、本作の奥さんはトバッチリもいい所である。湖の中にある発信機の音が聞こえるという描写も無茶なら、暗闇の湖の中から探し出せるという描写も笑ったが、そのあたりもご愛敬か。ただシンプルに飛行機事故の原因を「音だけ」で追及するような、サスペンススリラーな内容を期待していたが、どちらかといえば企業の悪事を暴く方向だったのは、本作に関しては個人的にやや残念だった。しかもその割に非常に狭い人間関係の中で話が進むので、スケール感もないのである。それにしても、「BEA」はなぜ本作に協力したのだろうか?それが本作一番の謎だったりする。
6.0点(10点満点)