映画を観て音楽を聴いて解説と感想を書くブログ

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映画「フェアウェル(The Farewell)」ネタバレ感想&解説 映画という"物語"の価値に改めて気付かされる傑作!

「フェアウェル(The Farewell)」を観た。

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スタジオ「A24」の新作であり、「オーシャンズ8」や「クレイジー・リッチ!」などでの好演が記憶に新しい、主演のオークワフィナが第77回ゴールデン・グローブ賞で主演女優賞を獲得した話題作。これはアジア系女優では史上初の快挙らしい。内容は中国で生まれアメリカで育ったという、本作の主人公のベースになった出自を持つ、新人監督ルル・ワンの実体験を映画化した作品だ。キャストは、チャオ・シュウチェンやツィ・マー、ダイアナ・リンなど中国人やアジア系アメリカ人を中心に構成されている。今回もネタバレありで感想を書きたい。

 

監督:ルル・ワン

出演:オークワフィナ、チャオ・シュウチェン、ツィ・マー、ダイアナ・リン

日本公開:2020年

 

あらすじ

ニューヨークに暮らすビリーは、中国にいる祖母が末期がんで余命数週間と知らされる。この事態に、アメリカや日本など世界各国で暮らしていた家族が帰郷し、親戚一同が久しぶりに顔をそろえる。アメリカ育ちのビリーは、大好きなおばあちゃんが残り少ない人生を後悔なく過ごせるよう、病状を本人に打ち明けるべきだと主張するが、中国に住む大叔母がビリーの意見に反対する。中国では助からない病は本人に告げないという伝統があり、ほかの親戚も大叔母に賛同。ビリーと意見が分かれてしまう。

 

パンフレットについて

価格820円、表1表4込みで全24p構成。

小型横サイズ。紙質も良くオールカラーで、冊子としてクオリティが高い。監督ルル・ワンや主演であるオークワフィナのインタビュー、映画評論家の山縣みどり氏や松崎健夫氏のレビュー、ライターである今祥枝氏のコラム、プロダクションノートなど読み物としても充実している。

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感想&解説

今回、TOHOシネマズのわりと小さ目のスクリーンではあったが、久しぶりにほぼ満席の劇場で鑑賞した。購入したパンフレットによると、2019年の公開時はわずか全米で4館でのスタートだったにも関わらず、口コミで出来の良さが伝わっていき、3週目には興行収益トップ10入りの大ヒットを果たしたという本作。しかも、ゴールデン・グローブ賞では主演女優賞を獲得したり、サンダンス映画祭でも配給権を巡ってNetflixAmazonスタジオなどの名だたる映画会社が争い、遂にあの「A24」が獲得、さらに新人監督でありながら本作の脚本も手掛けたルル・ワンが米「Variety」誌において「注目すべき監督10人」に選ばれたりと、なにかと話題の多い映画となっている。主演はオークワフィナ。「オーシャンズ8」における、あの唯一アジア系のスリ達人だったコンスタンス役といえば、ピンと来る方も多いかもしれない。

 

作品としては、かなり色々なテーマを含んだ重層的な映画だと感じた。まず、オークワフィナ演じる、主人公のビリーは現在30歳で中国の生まれなのだが、6歳の頃に移住して現在は両親と共にニューヨークで暮らしている。だが、遠く離れた中国では祖母ナイナイが暮らしており、頻繁に電話で話をするほど仲がいい。そんなある日、その祖母ナイナイが肺がん末期の余命3ヶ月だという事が分かり、親戚一同がナイナイに会う為の口実も含めて、いとこの結婚式を中国で行うことになる。だが、親戚や両親はナイナイ本人には病気の事は隠しておきたい為、ビリーだけは中国に帰ってくるなと言われてしまう。なぜならビリーは感情が顔に出てしまい過ぎるからだ。だが、やはりビリーは祖母に会いたい気持ちが優先し、飛行機に乗りこむ、というのが本作の「起」の部分だ。

 

この映画の冒頭に「これは、<嘘>に基づく真実の物語である」と表示されるのだが、基本的にこの後は、祖母ナイナイの末期ガンを巡り、「本当に本人に病気を告げない方がいいのか?」というビリーの葛藤と、「隠しておくべきだ」という親戚たちとの意見の対立をベースに、結婚式の準備とその当日というイベントを中心にしたシンプルな物語が進行していく。もちろんテーマは違うが、個人的にアジア人キャストと結婚式というシチュエーションを含めて、アン・リー監督の1993年「ウェディング・バンケット」を想起した。特に中国人の前で英語で会話する事で、話している当人以外は内容が理解できないというシーンなどは影響があるのかもしれない。

 

まずビリーはもうアメリカの住んで長い為、考え方が西洋化されている。だからこそ、途中で考えが変わった父親と共に「アメリカでは病気を隠すのは違法だ」と親戚を責めるシーンがある。自分の死期を知る事で、祖母は残された時間をもっと有意義に使えるのではないか?というのが根本的な考え方だ。それに対して、「西洋では個人の命はその人のものだが、東洋では家族の一部だ」という叔父のセリフのとおり、本人の死への恐怖や悲しみは家族が背負っていくのだという親戚側の考え方も示され、この二つの考えは平行線を辿る。この「どちらが正解とは判断できない事」の間で揺れ動く主人公が、この映画の大きなポイントとなっている。この考えの違いは「国によるアイデンティティの違い」だからだ。ビリーは親戚たちと基本的には解り合っており、仲も良い。ただこの祖母への嘘という一点だけが、彼女を悩ませるのである。

 

結婚式も無事に終わり、遂にビリーたちの家族が帰国する日の演出がとてもいい。姑とはうまくいってなかったと漏らしていた母が、それなのに別れの車の中で見せる表情。ビリーが別れ際にナイナイと抱き合う長いショット。どれも大仰で泣かせようとする演出ではなく、とても上品なのに目頭が熱くなってくる。結果、ビリーは祖母ナイナイに対して嘘をつき通しアメリカに帰国する事になるのだが、この後のエンドクレジット直前の20秒間が、この作品をとてもポジティブでフレッシュなものにしている。これには物語の作り方として、正直驚かされた。

 

ここからネタバレになるのだが、エンドクレジットの直前で「ある映像」とテロップが流れる。それは劇中ナイナイのモデルになった、実際のルル・ワン監督の祖母の映像なのだが、彼女が太極舞の「ハッ!ハッ!」という声と共に元気に踊っている動画で、テロップには「診断されて6年後のナイナイ本人」と書かれている。これが表示された時の、劇場内の空気が忘れられない。笑いと安堵が混じったようなため息がいっせいに漏れたのだ。この太極舞は体から毒素を追い出すという事で、映画序盤のシーンでナイナイがビリーに真似させていた踊りだ。なんとナイナイはビリーがアメリカに帰った後も、ガンに負けずに生き続けたという真相が明らかになるわけである。

 

普通の映画のストーリーとしては、アメリカに戻ったビリーが祖母の死という悲しみを乗り越えて、それでもこれからの人生を生きていく、というのが定石だろう。医者も本人にはもう真実を告げない方がいいと言うシーンも、ナイナイの咳が止まらないという描写も、本来であればラストに訪れるであろう「死への伏線」として機能するはずで、「でも結局生きていました」はノンフィクションであれば怒り出す観客もいるだろう。だが、本作は実話なのだ。だからこそ、実際にはこのナイナイが生きていたというオチは、映画を観ている側にとっても大変に勇気が出る結末になっていると思う。

 

劇中での祖母ナイナイに対して、ほとんどの観客が好意的な感情を持つだろう。それは、彼女が人生を前向きに生きているからだ。結婚式の料理がロブスターじゃないと怒ったり、ビリーの結婚相手の心配をして医者に独身かどうかを聞いたり、将来のビリーの結婚式は盛大に行うと約束したりする祖母ナイナイは、今を一生懸命に生きつつ、これからの未来も見据えている。だからこそ彼女が生きていた事に観客は安堵し、自分たちも今後何があっても前向きに生きようと思える。ステージ4のガンで余命3ヶ月宣告をされた女性が、元気に踊っているのだ。これこそが、この作品を観る意味だし価値だと思う。

 

しかもこれは結果として、嘘をついていた事が正しいことだという安易な結末ではない。結局は祖母のことを想い最後まで葛藤したビリーの気持ちと、ナイナイの生きることへの活力が生んだ、実話映画だからこその最高のハッピーエンドなのだ。ニューヨークと中国のそれぞれでビリーの部屋に飛び込んでくるスズメがいるが、これは「ビリーの祖母への思い」が具現化した、スピリチュアルな象徴なのだと感じたが、こういった映画的なフィクションもいちいち上品だ。

 

さらにこの作品には笑えるシーンも数多い。特に墓参りでの三礼の天丼ギャグや、いとこである新郎の飲まされっぷりや泣き上戸シーンなど、声を上げて笑ってしまったし、親戚の各キャラクターも本当に全員好きになるくらい魅力的だ。本作「フェアウェル(The Farewell)」は、タイトルからして観客をミスリードしてくるのは小粋だし、映画を観る価値を改めて思い出させてくれた傑作だったと思う。年間ベスト級に大好きな作品になった。

採点:8.5点(10点満点)