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映画「はちどり」ネタバレ感想&解説 キム・ボラ監督の長編デビュー作は衝撃の完成度!今年を代表する韓国作品!

「はちどり」を観た。

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女性監督であるキム・ボラの長編デビュー作「はちどり」は、「第69回ベルリン国際映画祭」や「第23回釜山国際映画祭」など全世界で50個の賞を獲得し、絶賛された作品だ。日本でも2020年6月に公開され話題となっていた。公開当時は見逃していたのだが、二番館で上映されている事を知りさっそく鑑賞。138分と上映時間は長いのだが、噂にたがわぬ名作だったと思う。今回もネタバレありで感想を書きたい。


監督:キム・ボラ

出演:パク・ジフ、キム・セビョク、チョン・インギ

日本公開:2020年

 

あらすじ

94年、空前の経済成長を迎えた韓国。14歳の少女ウニは、両親や姉兄とソウルの集合団地で暮らしている。学校になじめない彼女は、別の学校に通う親友と悪さをしたり、男子生徒や後輩の女子とデートをしたりして過ごしていた。小さな餅屋を切り盛りする両親は、子どもたちの心の動きと向き合う余裕がなく、兄はそんな両親の目を盗んでウニに暴力を振るう。ウニは自分に無関心な大人たちに囲まれ、孤独な思いを抱えていた。ある日、ウニが通う漢文塾に不思議な雰囲気の女性教師ヨンジがやって来る。自分の話に耳を傾けてくれる彼女に、ウニは心を開いていく。

 

パンフレット

価格800円、表1表4込みで全20p構成。

小型横サイズ。紙質は良く、デザイン性も高い。パク・チャヌク監督のコメントや映画評論家の暉峻創三氏のコラム、そしてキム・ボラ監督のロングインタビューなど、読み応えがある内容。

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感想&解説

まず画作りから演出まで、本作が監督長編デビュー作とは思えない完成度で驚かされる。いわゆる気を抜いた画面が一切なく、主人公ウニを中心として各キャラクターの揺れ動く内面に迫るように、巧みに各画面が構成されている。いま被写体のピントがどこに合っているのか?で同じ画角ながらも表現したい内容を変えていたり、全体的に鏡やドアを使った演出を入れていたりと非常に凝っている。またこの映画の上映時間は138分と長いのだが、セリフによるだらだらした説明を極力排しており、むしろ省略する事によって観客の想像力を掻き立ててくる。


前半はある意味、淡々と女子中学生であるウニの日常を描いていく。彼女が1994年という年代の韓国において、家父長制と男尊女卑の標的になり、兄ばかりが尊ばれ、妹であるウニは兄から暴力を受けている。だが家族からは守ってもらえず、苦しい日常を過ごしている事が描かれる。さらに学校では成績だけが全てであり、先生も学歴社会の価値観に凝り固まっている。そこに中学女子という思春期ならではのボーイフレンドの裏切りや、友達との仲違いが絡んできて、ウニを精神的に追い詰めていく。タイトルの「はちどり」とは、世界の中で最も小さいながらも、必死に羽ばたく事で長く跳び続ける小鳥のことだ。これはもちろん、本作の主人公ウニの比喩だろう。


そんな中でウニが唯一、心を許せる大人が塾の講師であるヨンジだ。ヨンジはウニをメンターのように導いていく。価値観を決めつけず彼女を肯定してくれる存在なのだ。兄に殴られているというウニに対して、「黙って殴られてちゃダメ。抵抗して」と教え、強い女性としての生き方を教えていく。このヨンジとの出会いが、ウニを人間として成長させていく。劇中で具体的は描かれないが、このヨンジ自身もなにか大きな挫折を経験していることが示唆される為、観客にもウニにもこのヨンジの言葉は刺さる。中盤に彼女がウニたちに歌う曲は、パンフレットによると「切れた指」というタイトルで、韓国の学生運動で盛んに歌われた曲らしい。このあたりもヨンジの過去に関係があるのだろう。


なぜ淡々とした小さな事件の積み重ねが、これほど豊かな映画になるのだろうか。そのひとつはウニを演じるパク・ジフの魅力だと思う。嬉しい時、不服な時、怒っている時、哀しい時、彼女の感情が手に取るように解るのに、その表情のどれもが単純ではなく重層さを感じる。「怒りの中の哀しみ」、「喜びの中の寂しさ」といった、本来人間が備えている「感情の波」が彼女には上手く表現できているのだ。こんな演技指導をキム・ボラ監督はどうやって成し遂げたのだろうか?その真骨頂が、ラストシーンにおけるウニの表情だろう。多くの悲しみを乗り越え、これからの希望を感じさせるあの表情は本当に素晴らしい。


またあれほど威張っており暴力的な父や兄といった男たちも、本作は決して強い存在であるとは描かない。むしろ突然の悲劇には心が折れてしまうような弱い存在として描かれるのだ。特に終盤に起こる「ソンス大橋崩落事故」で、姉が事故に巻き込まれたかも?と懸念するシーン。無事だったことが判った後の食卓で兄が突然、子供のように泣き出す場面など、見事に「感情の決壊」が表現できていると思う。この映画では、こういったキャラクターが抱えている鬱積した感情が爆発するシーンが随所にあり、この作品を特別なものにしている。しかもそこではベタに泣き顔だけを映したりせず、背中だけや相手に回した腕だけなどを切り取ることで、どれもとても印象に残る画にしているのもスマートだ。


劇中、これでもかとウニを襲う事件に数々にはだんだんと心が苦しくなる。だが、その後でフッと小さな希望のようなものが現れ、それが観客の心を軽くしてくれる。本作はその寄り返しでできているような作品だ。ネタバレになるが、最愛のヨンジを事故で亡くすという悲劇を知り、ウニはヨンジからの最期の手紙を読む事になる。この内容は脚本も担当した、キム・ボラ監督もバランスに苦心したとパンフレットに記載されていたが、極めて上品な着地であったと思う。漫画家になりたいという夢を持つ14歳の少女にとって、とても勇気付けられる言葉だろう。「世界はとっても不思議で美しい。」のだ。


韓国映画のレベルの高さにはいつも驚かされるが、この「はちどり」も本当に素晴らしい作品だった。韓国に生きる女性監督ならではの視点も鋭いし、何度も母親を呼ぶが振り向いてもらえないという謎のシーンをいきなり放り込んできたりと、世界への見方も独特で面白い。デビュー作からこのレベルとはキム・ボラ監督、すごい才能が出てきたと思う。恐るべしだ。

採点:8.0点(10点満点)