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映画「ナイトコール」ネタバレ考察&解説 過去作へのリスペクトがありつつも、エンターテインメント映画の未来さえも感じさせる見事な力作!

映画「ナイトコール」を観た。

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ベルギーの新鋭ミヒール・ブランシャールによる初の長編監督にして、第14回マグリット賞にて「最優秀作品賞」「最優秀脚本賞」「最優秀監督賞」など10部門に輝いたクライムスリラー。平凡な青年が巻き込まれた一夜の逃走劇をフィルムノワールタッチで描いた、ベルギー発の意欲作だ。出演は、短編映画「Soldat noir」で注目された若手俳優ジョナサン・フェルトレの他、フランス出身の女優ナターシャ・クリエフ、「死霊館」シリーズの”フレンチ―”役で知られるジョナ・ブロケ、「動物界」でセザール賞最多ノミネートし、「ゲティ家の身代金」でハリウッド進出したロマン・デュリスなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ミヒール・ブランシャール
出演:ジョナサン・フェルトレ、ナターシャ・クリエフ、ジョナ・ブロケ、ロマン・デュリス
日本公開:2025年

 

あらすじ

ブリュッセルで昼は学生、夜は鍵屋として働く青年マディは、ある晩、謎めいた女性クレールから、アパートの部屋の鍵を開けて欲しいという依頼を受ける。マディが難なく開錠するとクレールは部屋から1個のバッグを持ち去るが、実はそこは彼女の部屋ではなく、バッグは冷酷なマフィア・ヤニックのものだった。逃走をはかるもヤニックに捕まったマディは、自身の無実を証明しなければならなくなってしまう。朝までの数時間のうちにクレールとバッグを見つけるべく奔走するマディだったが、折しもブリュッセルの街はブラック・ライヴズ・マターのデモが激化し大混乱に陥っていた。

 

 

感想&解説

本作の監督であるミヒール・ブランシャールは、ベルギー生まれの32歳で本作が初の長編監督作らしいがすごい才能だと思う。マイケル・マン監督の2004年日本公開「コラテラル」を思い出させるような、大都会における悪夢のような一夜を描いたノワール的作品で、”夜の街”の撮影が大きな魅力の映画になっている。舞台はブリュッセルで、監督いわく「絵葉書のようなブリュッセルではなく、リアルな風景を撮りたかった。エレベーターや司法宮を通るたびに、この街が映画の舞台になる可能性を感じていました。」と答えているが、主人公マディが突然巻き込まれた一夜の事件の舞台として、このブリュッセルの夜の街がとてもセクシーに撮影されていて、ミヒール・ブランシャール監督の非凡な才能を感じる。

 

とても良くできた脚本のサスペンス映画だ。ブリュッセルで鍵屋として働く青年マディは、ある夜にクレールと名乗る若い女性から部屋の鍵を開けてほしいと依頼され、一緒にアパートに向かう。鍵を開けたマディに対して、現金を下ろしに行くと告げてその場を立ち去るクレールと部屋に残されたマディ。ところが彼の携帯に「すぐに部屋を出て」とクレールから電話があったかと思ったら、屈強な男が現れ格闘になった挙句、マディは男を手元にあったドライバーで殺してしまう。その後に現れた男たちに掴まり、ヤニックというマフィアの元に連れていかれたマディは、クレールは部屋からマフィアの金を盗み逃走したことが分かる。マディに与えられた時間は翌朝まで。それまでにクレールと金を見つけ出さないとヤニックに殺されてしまうことから、マディの決死の捜索劇が始まる、という展開だ。

 

典型的な”巻き込まれ型”サスペンスだが、”一夜の物語にする”というのは、監督の強い意図だったようだ。物語構成に制限を設けることで、”時間の統一性”をベースにしたスリリングな追跡劇を描けること、更にこの枠組みがあることで主人公を具体的な状況に置くことができ、各ステップで必然的に物語を進めていけること等が理由らしい。たしかにほとんど、主人公マディの視点からのみで本作は構築されており、彼が得た情報をベースに観客はクレールと金の行方を追うことになる。視点がシンプルであるが故に、すぐにストーリーに没入できるのだ。ここからネタバレになるが、売春宿でテオの電話を盗み聞いたマディは、逃げたクレールとヤニックの部下であるテオは知り合いであることを知ってしまい、それがテオにバレたことから今度は彼から逃げるという逃走劇となっていく。ここから「金(クレール)を探すこと」と「テオから逃げること」というシンプルな二つの目的が設定される。

 

 

そして本作の大きな魅力は、アクション演出にもある。特に印象的なのは、テオに追われたマディが自転車で地下鉄構内を駆け抜けるワンショットだろう。駅の階段を自転車で降りていくだけのショットであるにも関わらず、画面から感じられるスピード感や役者本人が漕いでいるというリアリティも合わさって、見事なスリリングを生んでいる場面だった。ハリウッド製作のアクションシーンを見慣れているはずなのに、まだこれだけフレッシュなアクションが観られることに驚かされる。また屋外エスカレーターで銃を持つテオに追われながら降りるシーンや車に落下する場面、ブラック・ライブズ・マター運動の群衆をかき分けての逃走シーン、そして終盤におけるカーチェイスまでクオリティの高い場面が続き、退屈するシーンはほとんどない。長編初監督作とは思えない画面の充実ぶりなのだ。

 

この映画で特徴的に使用されているのは、イギリスの人気歌手ペトゥラ・クラークによる、1963年リリースの「夜が終わらない」という曲だ。劇中では、序盤のクレール宅に向かうまでの車中、それから大金の在処とクレールの行先を突き止めた結果、ヤニックにやっと開放されたマディが車中で聴くシーン、そしてエンドクレジットの3カ所で使われている。まさにこの物語のテーマソングとして機能しているような曲だが、「私は自分一人/愛する人が欲しい/だって今夜は終わりそうにはないから」と歌うこの曲は、マディでありクレールであり、テオでありヤニックの心境を歌った曲なのだろう。マフィアのボスであるヤニックでさえ、幼い子供を抱えながらも金を納めないと命を狙われるという描写があったが、彼らはいわば”底辺にいる人間たち”だと描かれる。「人生はこのまま沈み続けるだけで、気付いた時には這い上がれない。」というセリフがあったが、この楽曲を効果的に使うことで各キャラクターが内面に持っている、”都会の孤独”を演出しているのも巧い。

 

だからこそ終盤におけるマディの”選択”が胸を打つのだろう。自分の命の安全は保障され、やっと日常に戻ってこれたにも関わらず、アムステルダム行きの始発電車に向かうクレールを助けるため、マディは警察に追われながらも駅を目指す。このシーンは、個人的にイーライ・ロス監督「ホステル」における終盤のシーンを思い出した。拷問のために拉致されていたバックパッカーが、やっと逃げられる状況にいるも関わらず、女性の悲鳴を聞いたため彼女の救出に向かうシーンだったが、どんなに辛い状況にいながらも、最後まで人間の尊厳を捨てない主人公の行動に心を動かされたのである。警官の銃弾を受けながら身を挺してクレールを逃がしたマディと、本作で初めて描かれる”日光”を浴びながら、電車に乗るクレールを交互に描くラストシーンは象徴的だ。マディの職業は鍵屋だったが、彼の成長によってクレールの人生の扉は開けられたという事だろう。

 

本作の背景には、ブラック・ライブズ・マター運動が描かれるが、主人公マディは黒人の青年であることから、最初の殺人を起こした直後に警察に電話することを躊躇するシーンがある。こういう小さなシーンからも、現代的なメッセージを入れ込む手腕も含めて、隙のない作品だったと思う。それでいてしっかりとジャンル映画としての娯楽性は担保されている上に、90分という上映時間も含めて見事なノワール・サスペンスだった本作。個人的にも主役を演じた、ジョナサン・フェルトレのファンになってしまった位だ。監督は韓国映画殺人の追憶」や「チェイサー」などもお気に入りらしいが、確かに先の読めない展開とノワール要素には影響を感じる。若干32歳のミヒール・ブランシャール監督の初長編監督作「ナイトコール」は、過去作へのリスペクトがありつつもエンターテインメント映画の未来さえも感じさせる、見事な力作だったと思う。

 

 

8.0点(10点満点)