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映画「ナイトメア・アリー」ネタバレ考察&解説 今回は完全に”クリーチャー”を封印した、ノワール風サスペンス・スリラーの秀作!

「ナイトメア・アリー」を観た。

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2018年「シェイプ・オブ・ウォーター」で、アカデミー賞の作品賞ほか4部門を受賞した、ギレルモ・デル・トロ監督の待望の最新作が遂に公開となった。今回はオリジナル作品ではなく、1946年に出版された「ナイトメア・アリー 悪夢小路」を原作にギレルモ監督が脚本化しており、1947年にも「悪魔の往く町」というタイトルで映画化もされている作品だ。主演は「世界にひとつのプレイブック」「アメリカン・ハッスル」「アメリカン・スナイパー」などで、アカデミー賞ノミネートを誇るブラッドリー・クーパー。共演は「ドラゴン・タトゥーの女」「キャロル」のルーニー・マーラ、「ブルージャスミン」「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」のケイト・ブランシェット、「ヘレディタリー/継承」のトニ・コレット、「スパイダーマン」シリーズのウィレム・デフォー、「ヘルボーイ ゴールデン・アーミー」のロン・パールマンなど豪華キャストだ。2022年の第94回アカデミー賞では「作品賞」に加え、「撮影賞」「美術賞」「衣装デザイン賞」の計4部門にノミネートされている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:ブラッドリー・クーパールーニー・マーラケイト・ブランシェットトニ・コレットウィレム・デフォーロン・パールマン
日本公開:2022年

 

あらすじ

野心に溢れ、ショービジネス界での成功を夢見る青年スタントン・カーライルはある日、怪しい見世物小屋「カーニバル」の一座と出会い、そこの仲間から読心術のテクニックを学ぶ。そこでモリーという心の清らかな女性と恋に落ち、二人はカーニバルから独立する。すると持ち前のカリスマ性と才能を武器に、スタンは一気にトップの興行師の座に駆け上がり、富と名声を得ることに成功する。そして更なる成功を求め、精神科医として働くリリス・リッター博士という女性をパートナーに迎え、2人は巧妙な悪事を働きながら大金を得ようとする。しかし、その先に待っているのは闇であった。

 

 

感想&解説

予告編の雰囲気から、ギレルモ・デル・トロ監督得意の「ヘルボーイ」「パンズ・ラビリンス」「シェイプ・オブ・ウォーター」から脈々と続く、”異形のモンスター”が登場するタイプの作品かと思いきや、なんと今回は完全に”クリーチャー”を封印したフィルム・ノワール風サスペンス・スリラーであり、それだけでも新鮮な驚きがある。”ロボット”も”クリーチャー”も”幽霊”も登場しないデル・トロ監督作品となると、あまり記憶にない。しかもアカデミー賞作品賞を獲り世界中で絶賛された前作「シェイプ・オブ・ウォーター」が、おとぎ話のようなファンタジー・ロマンスだったことへの揺り戻しのように、今回の「ナイトメア・アリー」はひたすらダークで救いがない。本作は、人間の弱さや汚さを描いているのである。

さらに本作の大きな魅力のひとつは、ビジュアルイメージであろう。撮影監督のダン・ローストセンは、前作「シェイプ・オブ・ウォーター」でもオスカーノミネートされているが、他にもデル・トロ監督作では「ミミック」「クリムゾン・ピーク」や、他には「ジョン・ウィック」シリーズなどを手掛けているベテランだ。彼の撮影する現代的な映像美と、美術監督タマラ・デヴェレルが作り出す観覧車やメリーゴーランド、見世物小屋などのカーニバルや後半の舞台となるナイトクラブ、さらに物語の重要な場所となるリリスのオフィスなどのセットデザインとの組み合わせが、目を楽しませてくれる。ギレルモ・デル・トロ監督は「カラーで撮るモノクロ映画」として、美術と照明に関してはモノクロでの映りを意識したとインタビューに応えているが、暗さが引き立つコントラストのハッキリした映像で、本作のダークな世界観を上手く表現していると思う。

 

ストーリーのおおよその概要としては、以下だ。冒頭でブラッドリー・クーパー演じるスタンが、死体と家を燃やしているシーンから映画は始まる。その後、列車に乗ったスタンはウィレム・デフォーが演じるクレムが経営する見せ物小屋に流れ着き、そこで働くことになる。そのカーニバルでは”鶏の血を飲む獣人”や”ホルマリン漬けの胎児”、電気を体に通す奇術を持つルーニー・マーラ演じるモリーなど、不思議な出会いの数々があった。そして支配人クレムからは、見世物の「獣人」は酔っ払いの物乞いを酒と薬漬けにして、”獣人化”するのだという非情な話を聞く。さらにスタンは、読心術のパフォーマンスをするトニ・コレット演じるジーナとピートに出会うことで、人の心が読める技術や暗号のスキルを学ぶ。そんなある日、カーニバルを摘発に来た警察官を相手に、スタンは読心術を披露して彼の母親の霊の存在を信じさせることで、追い返すことに成功する。そんなスタンにモリーは恋に落ち、二人はカーニバルを去り独立する。

 

2年後、2人はモリーの暗号とスタンの読心術により、大きなナイトクラブでショーが出来るほど地位を築いていた。だが、そんな2人のマジックに「言葉に暗号が含まれている」と言い当てる、ケイト・ブランシェット演じる心理学者のリリス博士が現れる。だが、スタンはその場の観察力と機転で窮地を乗り切り、スタンはリリス博士の紹介によって地位の高いキンボール検事と知り合う。キンボール検事とその妻は戦死した息子がおり、その傷を癒すために、「幽霊ショー」を希望していた。スタンはカウンセラーであるため、著名人の情報を多く持つリリス博士の事務所を訪ね、「一緒に組んで大金を儲けないか?」と誘う。結果的に、スタンはキンボール判事と妻フェリシアの前で「息子はあなたの側にいて、そのうちみんなで一緒になれる」と嘘を付くことで、大金を得る。モリーはそんなスタンに不安を募らせていくのだった。さらにスタンはキンボール検事の知り合いで、大富豪エズラ・グリンドルに呼ばれ、若い頃に亡くしたドリーという女性と交霊させてくれと依頼される。そんなスタンにリリス博士も、大きな力を持つ権力者を騙すと破滅すると忠告する。

 

ここからネタバレになるが、スタンはドリーという女性のことを調査し、共同墓地に彼女の写真と子供の臍の緒が保管されているのを発見する。どうやらエズラはドリーを妊娠させた結果、お腹の子供と一緒に自殺に追い込んだようだ。エズラに「早くドリーに合わせろ」とプレッシャーをかけられ、焦ったスタンはモリーをなんとか説得し、モリーをドリーに変装させてエズラの目の前に登場させるが、彼が偽物だと気づいて怒りだした事から、スタンはエズラを撲殺してしまう。そしていつまでも罪を重ねるスタンにモリーは遂に愛想をつかし、消えてしまう。ニュースでは、フェリシアが夫キンボール判事を銃で撃ち殺したのちに自殺したと報道していた。早く息子に会いたいと心中した結果であった。そして、エズラ殺害からの逃亡生活を続けるスタンは、近くにあった見世物小屋の事務所に立ち寄り、仕事をくれと嘆願する。そこにはホルマリン漬けの胎児エノクが置いてあった。どうやら廃業した前カーニバルから譲り受けたらしい。支配人はスタンに優しく酒を与え、「次の獣人が見つかるまで代わりをやってくれ」と告げる。それを聞いたスタンは「それが俺の宿命だ」と笑ったところで、この映画は終わる。

 

 

非常に良くできたダーク・スリラーだと思う。もちろん、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムによる原作の力が大きいと思うが、超常現象の類に頼らないストーリーをこれだけしっかりと脚本化した、ギレルモ・デル・トロとキム・モーガンの手腕は見事だ。主人公スタンが”読心術”という才能に恵まれ、モリーと共にカーニバルを出る「第一章」は支配人クレムを除いて、皆が「見世物」というコンテンツを使って、お客さんに喜んでもらいお金を得ることに必死だ。スタンもモリー特製の演出と椅子を作るという描写があったが、それはまるで「映画作りの現場」のように見える。クリエイターが頭と腕を使って、観客を”楽しませる”のである。よってこの序章のスタンには、作り手からも愛情を感じる演出が随所に見られる。メリーゴーランドでのモリーとのダンスシーンなどは顕著で、柔らかい照明が二人を照らす。だが「第二章」以降、スタンが金に囚われてくると、監督は容赦なく彼を追い詰めていく。特に「嘘によって金を稼ぐ」ということに、トニ・コレット演じるジーナもモリーも強く反発するのが印象的だ。これは「観客は楽しませるもので、騙すものではない」という、本作のクリエイターの良心の現れのようにも感じる。

 

そして本作では、「ホルマリン漬けの胎児エノク」が大きくフィーチャーされている。ウィレム・デフォーが演じるクレムが、「レアなものだ」と見せてくれるのが初登場なのだが、ラストシーンで逃亡生活を続けるスタンが訪れる、見世物小屋の支配人事務所でも置いてあり、「譲り受けた」と説明される。そして彼らに共通するのは、酔っ払いを「獣人化」する非情な男たちだということだろう。エノクは母親の子宮で暴れまわり殺してしまったと言っていたが、本作で子供と共に死んだ存在は、大富豪エズラ・グリンドルが会いたがっていたドリーである。これはまったく劇中では描かれないし、ある意味でこじつけに近いかもしれないが、エノクはドリーのお腹にいた赤ん坊であり、エズラが母親と共に自殺に追い込んだ存在だったのではないだろうか。そのエズラもスタンによって殺され、最後にスタンも獣人として生きることは「自分の運命だ」と言って笑う。そしてその胎児エノクは序盤から終盤にかけて支配人たちのいつも近くにあるという、映画的にも「円環構造」になっているのだ。まるで胎児エノクは、「人間の汚さ、醜さ」の象徴のように映る。だからこそ、本作のエンドクレジットでもエレクは現れるのではないだろうか。本作は「シェイプ・オブ・ウォーター」とは違い、愛ではなく”人間のどうしようもない業”を描く作品なのだと思う。

 

上映時間150分とやや長尺な作品だし、観終わったあとで決して楽しい気分になる作品ではないが、ギレルモ・デル・トロ監督の新境地として、個人的にはかなり楽しめた。リリス博士は「金には興味がない」と言っていたので、スタンと組んだ目的は本当にスタンから”過去の真実”が聞きたかっただけなのか?、あの傷跡の理由は?など、彼女の行動や過去にはやや消化不良な部分も残るがエズラに付けられた傷の復讐でスタンに手を貸していた?など)、ビジュアル/ストーリー/脚本/キャスト陣など全体的にバランスの良い、満足度の高い秀作だったと思う。

7.5点(10点満点)


ギレルモ・デル・トロのナイトメア・アリー ある「怪物(おとこ)」の悲しき物語とその舞台裏


ナイトメア・アリー (ハヤカワ・ミステリ文庫)


ナイトメア・アリー (オリジナル・サウンドトラック)