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映画「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」ネタバレ考察&解説 ストラトキャスターを構えたメインビジュアルから伺える本作のテーマとは!ティモシー・シャラメが痺れるくらいにカッコいい傑作!

映画「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」を観た。

ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」「フォードvsフェラーリ」「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」などを手がけてきたジェームズ・マンゴールド監督による最新作。62年にデビューして以来、多くの名曲を残しながら様々なアーティストに影響を与え続けて、2016年に歌手として初めてノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの若き日を描く音楽ドラマ。主役のボブ・ディランを演じたのは「君の名前で僕を呼んで」「デューン 砂の惑星」などのティモシー・シャラメで、他の出演者は「グランド・ブダペスト・ホテル」「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」のエドワード・ノートン、「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」のエル・ファニング、「トップガン マーヴェリック」のモニカ・バルバロ、「LOGAN ローガン」のボイド・ホルブルックなど。第97回アカデミー賞では「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」「脚色賞」など計8部門でノミネートされた他、第82回ゴールデングローブ賞でも「最優秀作品賞(ドラマ)」などにノミネートされ、非常に高い評価を受けている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ティモシー・シャラメエドワード・ノートンエル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック
日本公開:2025年

 

あらすじ

1961年の冬、わずか10ドルだけをポケットにニューヨークへと降り立った青年ボブ・ディラン。恋人のシルヴィや音楽上のパートナーである女性フォーク歌手のジョーン・バエズ、そして彼の才能を認めるウディ・ガスリーピート・シーガーら先輩ミュージシャンたちと出会ったディランは、時代の変化に呼応するフォークミュージックシーンの中で、次第にその魅了と歌声で世間の注目を集めていく。やがて「フォーク界のプリンス」「若者の代弁者」などと祭り上げられるようになるが、そのことに次第に違和感を抱くようになるディラン。高まる名声に反して自分の進む道に悩む彼は、1965年7月25日、ある決断をする。

 

 

感想&解説

ジェームズ・マンゴールド監督がティモシー・シャラメを主演に迎えて、あの”ボブディラン”をテーマにした作品を撮っているという事で、楽しみにしていた本作。第97回アカデミー賞では「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」「脚色賞」など計8部門でノミネートされ、観客、評論家ともに非常に評価も高いようだ。ジェームズ・マンゴールド監督が手掛けた音楽映画といえば、ホアキン・フェニックスリース・ウィザースプーン出演の「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」でジョニー・キャッシュを描いた作品を思い出すが、あの映画ではホアキン・フェニックス自らがジョニー・キャッシュの曲を歌い、精神性も含めて役に成りきっていたのが印象深い。そして結論、本作「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」も素晴らしい完成度だったと思う。本作におけるティモシー・シャラメには”マジック”が起こっている。今回、ディランの楽曲すべてを彼が歌っているが、歌声を似せているというよりも佇まいも含めて、本当に若き日のボブ・ディランを感じさせるのだ。これは役者の努力とジェームズ・マンゴールド監督による演出の妙だろう。

本作はボブ・ディランの伝記映画として彼の60年以上にも亘るキャリアの全容を描くというよりは、62年のデビュー前からエレクトリック・ギターへの移行期、さらに66年のマンチェスターで行われた「フリー・トレード・ホール」でのライブパフォーマンスまでという、初期の数年にフォーカスした映画となっている。アルバムでいえばデビューアルバム「ボブ・ディラン」から65年リリースの「追憶のハイウェイ61」までで、「風に吹かれて」「戦争の親玉」「はげしい雨が降る」「時代は変る」「船が入ってくるとき」などの初期作3枚からのナンバーや、「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」「ミスター・タンブリン・マン」などの5枚目アルバム「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」からのナンバー、そしてアルバム「追憶のハイウェイ61」からの大名曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」まで、とにかく初期のディラン楽曲が満載な上、ジョニー・キャッシュの「Big River」が映画館の良い音響で聴けるだけでもテンションが上がる。

 

さらに2枚目「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」に収録されている楽曲がフォーカスされていて、特に「風に吹かれて」はボブ・ディラン屈指の名曲ということもあり、本作の中でも重要な楽曲として描かれている。そもそもは1960年代のアメリ公民権運動のプロテスト・ソングとしての側面もある楽曲で、サム・クックの「A Change Is Gonna Come」などに影響を与えたことでも有名だ。また映画の冒頭からプロテストソングの父と称され、ディランが影響を強く受けたウディ・ガスリーが登場する。序盤のシーンで病室にいるウディ・ガスリーにディランが弾き語る曲は、デビューアルバムでのオリジナルで作曲した2曲のうちの1曲「ウディに捧げる歌」だ。また1960年代の初頭にアメリカのフォーク・ミュージックの世界で女王的な存在だったジョーン・バエズも本作では重要な役割を演じており、演じるモニカ・バルバロが「シルヴァー・ダガー」や「朝日のあたる家」を披露しているのも見どころだろう。劇中でも「北国の少女」「悲しきベイブ」をデュエットしていたが、ジョーン・バエズボブ・ディランとの関係について歌った「Diamonds and Rust」という曲があるくらいに、彼とは特別な関係だったことをオープンにしているが、本作でもその恋愛劇は大きなテーマになっている。

 

 

そして本作の最大の見せ場は、もちろん66年フリー・トレード・ホールでの画期的な”プラグイン”パフォーマンスのライブだろう。本作のメインビジュアルは、ティモシー・シャラメ演じるディランがエレキギターを持っている写真だが、このギターはサンバーストの色味やピックアップから65年ニューポート・フォーク・フェスティバルで実際にディランが使用した、64年製のフェンダーストラトキャスターをイメージしているのだと思う。2013年にオークションで出品され、ギターとしては過去最高額の約9,900万円で落札されたとニュースになったギターだが、この「名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN」では変革を恐れず、過去に縛られずに自由を得る為に闘う”象徴”がこのエレキギターだ。今まで支持されてきたフォークを捨て、エレキを持ったことで観客や主催者にバッシングを受けたという、音楽史上でも有名なライブだが、これは彼にとっての生き方そのものなのだろう。だからこそ、このシーンにおける「ディラン=シャラメ」は痺れるくらいにカッコいい

 

観客のひとりに「ユダ!(裏切り者)」と叫ばれ、ステージ上のディランは「おまえはうそつきだ。おまえなんか信じない。"Play it fucking loud"(でかい音で演奏しよう)」と言いながら、「ライク・ア・ローリング・ストーン」を歌い始めるコンサートは、1966年に行われた「ロイヤル・アルバート・ホール」という通説が今は是正されて、マンチェスターで行われた「フリー・トレード・ホール」だったようだ。これは海賊版のタイトルが「ロイヤル・アルバート・ホール」だったからだが、この模様は2005年のマーティン・スコセッシ監督「ノー・ディレクション・ホーム」のエンドクレジット前に収められている。「今は落ち目のあんた 転がる石のように 落ちていく気分はどんな感じだい?」という趣旨の曲だが、この映画の中ではディランの名曲たちが彼の心情を吐露しているように使われている。ジョーン・バエズが”適切な選曲”と言いながら二人で歌う「悲しきベイブ」や、ニューポート・フォーク・フェスティバルで「マギーの農場では働かないよ もうまっぴらだ」と歌う「マギーズ・ファーム」などは、まるでミュージカル映画のように彼の内面の感情とシンクロしているのだ。

 

エル・ファニングが演じるシルヴィは架空の人物だが、劇中ニューポート・フォーク・フェスティバルでディランが「時代は変わる」を歌うシーンは、本作のハイライトのひとつだろう。ここでディランがこの曲を歌っている姿を見て、シルヴィが二人の関係のターニングポイントを知る重要なシーンだ。本作はディランの成功と同時に、二人の女性との決別を同時に描いていくという恋愛劇の側面もある。さらに1960年代の⽶ソにおけるキューバ危機や公⺠権運動、ケネディ暗殺など、アメリカ社会や⽂化が⼤きく変わっていく様子も描いていく。時代の寵児としてもてはやされながらも、保守的な世界を抜け出し、時代の流れと共に表現者として常に挑戦していくディランの姿には、本当に勇気づけられる。ニューポート・フォーク・フェスティバルという伝統を守りたいという、ディランと対極に位置するピート・シーガー役のエドワード・ノートンも素晴らしい演技だった。

 

映画のタイトル“A Complete Unknown”とは「ライク・ア・ローリング・ストーン」の歌詞の1節だが、まさにまだ何者でも無かったボブ・ディランという天才の生き様を描いた、音楽映画の傑作だった本作。人間の機微を描くことに長けたジェームズ・マンゴールド監督が資質が活きた作品だったし、なによりギターや歌を本作のために修練したティモシー・シャラメという俳優のずば抜けた力量と才能を感じた一作だったと思う。本作は同じ洋楽をテーマにした、クイーンの楽曲によるカタルシスや興奮を描いた「ボヘミアン・ラプソディ」とはまるでコンセプトが違い、ボブ・ディランという現在進行形のアーティストの初期衝動や表現者としての生き方を切り取った作品だった気がする。だからこそラストシーンは、ディランがバイクに乗って爆走する場面で終わるのだろう。140分の上映時間があっという間だったが、特に音響の良い劇場で何度でも観たい映画だし、アカデミー主演男優賞はティモシー・シャラメにぜひ獲ってほしいと感じる。

 

 

9.0点(10点満点)