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映画「プレゼンス 存在」ネタバレ考察&解説 結局あの視点は誰のものだったのか?を考察!ルールが不明瞭ながらアート性と娯楽性がマッチした佳作!

映画「プレゼンス 存在」を観た。

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26歳で初めて監督した1989年の「セックスと嘘とビデオテープ」で、なんと第42回カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞するという華々しいデビューを果たし、その後も「アウト・オブ・サイト」「エリン・ブロコビッチ」「トラフィック」「オーシャンズ11」などで成功を納めてきたスティーブン・ソダーバーグ監督の最新作。製作総指揮と脚本は「インディ・ジョーンズ」「ジュラシック・ワパーク」「スパイダーマン」「宇宙戦争」など数多くのハリウッド作品を手がけてきたデビッド・コープが担当している。出演は「キル・ビル」「チャーリーズ・エンジェル」「シカゴ」のルーシー・リュー、「ストレンジャー・シングス 未知の世界」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」のクリス・サリバン、「アンカット・ダイヤモンド」のジュリア・フォックス、カナダ出身の新人カリーナ・リャンなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演:ルーシー・リュー、クリス・サリバン、カリーナ・リャン、エディ・メデイ、ウェスト・マルホランド
日本公開:2025年

 

あらすじ

崩壊寸前の4人家族が、ある大きな屋敷に引っ越してくる。そして一家の10代の少女クロエは、家の中に自分たち以外の何かが存在しているように感じている。“それ”は一家が引っ越してくる前からそこにいて、“それ”は人に見られたくない家族の秘密を目撃する。クロエは母親にも兄も好かれておらず、そんな彼女に“それ”は親近感を抱く。一家とともに過ごしていくうちに、“それ”は目的を果たすために行動に出る。

 

 

感想&解説

スティーブン・ソダーバーグ監督の最新作はホラーらしいという事で、俄然興味が湧いた本作。個人的には日本での劇場公開作では2023年公開の「マジック・マイク ラストダンス」が未見だったので、その前の2017年「ローガン・ラッキー」以来の劇場鑑賞作となる。1989年の「セックスと嘘とビデオテープ」というデビュー作でいきなりパルムドールを受賞して以来、「アウト・オブ・サイト」「エリン・ブロコビッチ」「トラフィック」「オーシャンズ11~13」「チェ2部作」など一定のヒット作はあるし、「サイド・エフェクト」「マジック・マイク」などの佳作はあるものの、多作でありながらクオリティの浮き沈みが激しい監督だろう。更に自分でカメラを持って撮影監督を兼ねたり、編集も自分で行ったりとインディペンデントなクリエイター気質を持った監督だと思う。近作では配信用の作品を手掛けたり、日本未公開の作品が続いたりとやや日本のメジャーシーンからは遠のいていた印象だが、久しぶりのオリジナル劇場公開作がホラー映画と聞いて驚いた。

35年以上にも亘るキャリアの中で、サスペンスやSFはあったがホラーは初めてではないだろうか。ただ、あのスティーブン・ソダーバーグが単純な恐怖演出のホラーを撮るはずがないと思い、劇場に足を運んだのだが、その予想は的中した。ここからネタバレになるが、本作は”ホラー映画”ではないと思う。扱っている素材が”幽霊”というだけで、個人的には、デビッド・ロウリー監督の2017年公開作「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」に近い感触を覚えた。いわゆる音や映像による恐怖演出は皆無であり、過度なジャンプスケアなどで観客を怖がらせようという演出はほとんどない、非常にインデペンデントで小規模な作品だ。舞台も家の中だけだし、登場人物もかなり少ない。冒頭から屋敷内をぐるぐると回遊するショットが続き、まるで”誰かの視点”のようにカメラがパンする上に、ワンテイクで編集が入らないので、無人の屋敷の中を案内されている気分になる。実際、この最初のシークエンスはそういう意図なのだろう。

 

そのうちこの屋敷に妻レベッカ、夫クリス、息子タイラー、そして娘クロエの4人家族が内見にやってくる。どうやらこの家族の主導権はルーシー・リュー演じるレベッカが握っているようで、彼女が早々にこの物件を気に入り家族が引っ越してくるシーンが冒頭のシークエンスだ。そのうちこの一家の内情が”幽霊の視点”を通して、段々と観客にも理解できてくる。どうやら娘のクロエは、親友ナディアと知人である二人をドラッグで亡くしており心を閉ざしている。息子のタイラーは不遜な性格のようでイジメにも加担しているような男で、妻レベッカはキャリアウーマンであり、息子タイラーだけを溺愛している。そして夫のクリスは家族全員を愛しているが、家族の絆が壊れかけていることに気付いており心を痛めている。この幽霊はなぜかクロエを守っているであり、家族に対しても危害を加えるようなことはしないが、タイラーの友人であるライアンとクロエがセックスしそうになると、クローゼットの棚を壊したりして何故か邪魔をしたりする。

 

 

観客としては、この幽霊の正体は誰なのか?なぜこの家にいるのか?が最初は分からないのだが、どうやらこの幽霊はクロエの親友ナディアなのでは?と想像するようになるし、クロエ自身もそう感じるようになる。そうすると観客にはまた次の謎が生まれる。ナディアはなぜこの家に幽霊として存在して、クロエを守っているのか?だ。このように本作はホラーではなく、実はサスペンス要素が強い。この一点においては非常にエンタメ性が強く、ここがデビッド・コープ脚本の特性が活きているポイントだろう。そしてその謎が解けてくるのは、中盤でライアンがオレンジジュースに薬を入れてクロエに飲ませようとするが、それを幽霊がグラスを割って阻止するシーンだ。この場面以後、このライアンがどうやら事件の黒幕であり、過去のナディアの事件にも絡んでいたことが予想できるようになる。そんなライアンがクロエに向かって、「自分の母親はまるでベス・ジャレットだ」と告げる場面があるが、これはロバート・レッドフォード監督による第53回アカデミー作品受賞作「普通の人々」の登場人物のことだ。兄をボートの転覆事故で亡くした弟コンラッドは精神を病み、数か月後に家に戻ってくるが母親ベス・ジャレットはコンラッドを決して受け入れようとしないという家族崩壊ドラマのキャラクターだが、これは完全に本作のキャラクターにも重なる。

 

ライアンの母親と同様に、レベッカもこのベス・ジャレットをモチーフにしたようなキャラクターであり、クロエには愛情を注がずにタイラーには「あなたは特別」だと溺愛を告げるシーンがある。また明らかに夫のクリスに秘密を抱えており、どうやらクリスも彼女に対して疑念を抱いていることを示唆するシーンもある。画面が見えないようにメールを削除していたり、クリスが法律について質問しているシーン、そして冒頭の財務に対しての知識などから、会社の資金横領など恐らく家族にとってあまり都合のよくないことなのだろうと想像できる。「普通の人々」と同じく、この家族は完全に崩壊しているのである。ラストはクロエを殺そうとしているライアンに兄タイラーがタックルをかまし、二人とも窓から転落することでクロエの命は助かる。父から「一度くらいは妹の味方をしろ」と怒鳴られていたが、最後に幽霊の力を借りたとはいえ妹を助けたという展開だ。

 

ただ本作において、ルールが不明瞭なのは気になる点だ。幽霊なのに壁を抜けたりは出来ないようだし、突然暗転してカットが切り替わるのだが、この編集ポイントも作り手の都合だ。この黒の長さが毎回変わるのは、それで時間経過を表現しているのだろう。さらに物は動かせるのに、人そのものには攻撃したりはできないらしいし、この幽霊には何ができて何が出来ないのか?が観客に分かりづらい。さらにあの部屋の中央にあるアンティークな鏡はどこで活躍するのか、そして幽霊の姿は鏡には映らないのだろうか?と思っていると、周到なくらいに”視点”が鏡の正面に立つことをカメラワークで避けてくる。本作の撮影監督ピーター・アンドリュースは、スティーブン・ソダーバーグの変名なので監督自身がカメラ撮影しているのだろうが、ここにも強烈に作り手の”意図”が滲んでしまっている。そしていよいよ本作唯一のジャンプスケアと、物語上のツイストがラストに登場する。

 

母親レベッカが亡くなった息子タイラーの幽霊を鏡の中に見ることで半狂乱になり、そのまま霊は屋敷を出て宙に浮かび成仏することで映画は終わる。これは一見、息子タイラーの霊が時空を超えて妹を守っていたという展開に感じる。たしかに千里眼を持つという女性が、霊は時空を超えて存在するという趣旨を告げていたが、それにしてもあれだけ家中を動き回っていた幽霊が鏡に映るなら、すでに他の人に気づかれているだろうし、逆に鏡に映らない存在ならば「なぜ最後のシーンだけレベッカにはタイラーの姿が見えたのか?」という矛盾が発生する。またあの霊の視点が時空を超えたタイラーのものであるなら、”すでに死んでいるタイラー”はライアンが殺人鬼であることを知っているはずで、妹が絶体絶命の状態になるまで助けなかったのか?も良く分からない。ライアンを間接的に怖がらせることで、クロエに近づかせないようにすることなどは出来ただろう。生きているタイラーと霊のタイラーが同じ空間にいられるのか?などは疑問を感じるし、やはりあの霊の視点は親友ナディアのものだったという方が、全体的にしっくりくる。個人的にはあの鏡の中のタイラーは、心を病んでしまった母親レベッカが見た幻視だったという説を取りたい。だが、こういう考察ができる作品というのは単純に楽しい。正直、ハリウッド大作の中では圧倒的な小品であることは間違いないし、コンセプトありきの”頭でっかち”な映画だと思う。だが84分という上映時間は非常に好感が持てるし、スティーブン・ソダーバーグのアート性と、デビッド・コープ脚本の娯楽性がマッチした佳作だと思う。

 

 

6.5点(10点満点)