映画「スマイル2」を観た。
パーカー・フィンが長編初監督・脚本を手がけ、2020年に自身が制作した短編「ローラは眠れない」を長編映画化した2022年製作「スマイル」の続編。前作は新人監督による低予算作品ながらアメリカでスマッシュヒットを記録し、日本では劇場未公開ながらも配信やソフト化によって話題となった。今回の続編も残念ながら劇場未公開となってしまったが、”不気味な笑顔がつなぐ死の連鎖”というキャッチーな設定で、今作も魅力的な作品になっている。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。
監督:パーカー・フィン
出演:ナオミ・スコット、ローズマリー・デウィット、カイル・ガルナー、ルーカス・ゲイジ、ディラン・ゲルーラ
日本公開:2025年
あらすじ
新たなワールドツアーを目前に控えた世界的ポップスターのスカイ・ライリーは、徐々に恐ろしく不可解な出来事に遭遇し始める。エスカレートする恐怖と名声によるプレッシャーに押しつぶされそうになったスカイは、自分が制御不能になってしまう前に人生を取り戻すため、暗い過去と向き合うことを余儀なくされる。
感想&解説
「スマイル2」は「スマイル」の直接的な続編だ。前作のラストシーンの6日後から始まり、この「スマイル」という作品の”ルール”が分かっている前提でストーリーが進むので、前作鑑賞はマストだろう。一作目のネタバレになるが、2022年の前作「スマイル」は精神科医のローズが数日前に教授の自殺を目撃した学生のカウンセリングをしたところ、ローズに向かって笑顔を浮かべたまま自らの首をかき切って絶命してしまうシーンから始まる。それ以来、ローズの周囲では不可解な事件が続くことで彼女はだんだんと精神的に追い詰められていき、婚約者や実姉からも”狂っている”と言われ信頼も失ってしまう。そんな中、元ボーイフレンドの刑事ジョエルと共に、不可解な自殺者が連鎖していることに気付いたローズは、過去にその連鎖から外れた殺人者の元を訪れたり、自分の生家で過去のトラウマと対峙するが、結局は”邪悪な何か”に憑かれてしまい、ジョエルはローズが焼身自殺するのを見てしまうところで終わる。完全なバッドエンドだ。
これは”ガスライティング映画”の派生だろう。ガスライティングは「ガス燈」という、イングリッド・バーグマンがアカデミー主演女優賞を受賞した1944年作品のタイトルから取られており、夫の行動を不審に思った妻が夫にそれを聞くと、「それは君の妄想で、おかしいのは君なんだ」と精神的に追い込まれていくストーリーだが、「スマイル」でもローズは徹底的に周りの人たちに信じてもらえず狂人扱いされてしまう。その追い込まれっぷりが、この「スマイル」シリーズの面白い部分であり大きな特徴だと思う。10歳の頃に母親の自殺を目撃したというトラウマを持つローズは、学生の自殺を目撃したことを境に家の中に気配を感じたり、自分の患者から「お前は死ぬ」と恫喝されたり、甥っ子の誕生日プレゼントに飼い猫の死体が入っていたりすることで、だんだんとメンタルを病んでいく作品だった。
「1」は怪現象のルーツを辿りながら、呪いを解く解決方法を模索していくというミステリー要素も強いため、中田秀夫監督によるJホラーの金字塔「リング」を強く思い出したし、また自分だけにしか見えない顔見知りを含む不特定の人物にいつ襲われるか分からないというシチュエーションは、デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の「イット・フォローズ」を想起させる。ホラー映画の作り手でこの2作品を観ていないことはないだろうから、実際に監督はかなり参考にしたのではないだろうか。そして続編である「2」は、更にその主人公への追い込みっぷりだけを加速させたような作品だ。前作にあったミステリー要素は完全にオミットされ、スリラーホラー映画としての純度を増した感じだろう。
そして「スマイル2」は、薬物乱用と俳優だったボーイフレンドを交通事故で亡くしたというトラウマを持つ、若手売れっ子歌手のスカイ・ライリーが主人公となり新しい物語が紡がれる。彼女が鎮痛剤を買うため、昔の知り合いであるルイスの元を訪れるが、ルイスは序盤で登場した麻薬売買の組織のバイヤーで、運悪くジョエルから呪いを受け継いでしまっていた為バーベルによる顔面破壊で自殺、そしてその呪いがスカイ・ライリーに移ってしまうというのが序盤の展開だ。スカイ・ライリーはアーティストとしてのキャリア復帰のためにツアーを準備中で、マネージャーである母親を含めて、関係者の大きな期待を背負っている事が描かれる。だからこそ彼女は状況から逃げられず、追い詰められていくのだ。
ここからネタバレになるが、本作はまるで起こって欲しくないことだけが連続して起こる”大喜利”を観ているようだ。ルイスのアパートにいたことを知っていると主張する謎の匿名メッセージは届くし、サイン会をやれば”愛してる”と接近してくる挙動不審男と不気味に笑いながら一言もしゃべらない少女のダブルパンチ、さらには自分の家では笑顔人間たちとの”だるまさんが転んだ”をやるハメになり、大事なレセプションパーティでは失言と失態でケガ人を出してしまう。遂には母親を殺してしまう幻影まで見る始末で、スカイ・ライリーの精神は極限状態になっていく。絶対絶命の状態で親友のジェマに助けられたと思ったら、そのジェマすら邪悪な存在にすり替わられており、さらにはモリスと共に心臓を停止させる際にピザ屋の冷凍庫を訪れれば、スカイ・ライリーはモリスに置き去りにされ、自動車事故で負傷したかつての自分と対峙することになるのだ。
”邪悪な存在”は人のトラウマを食って存在しており、次々と心に弱みのある人間に寄生していき、遂にスカイ・ライリーはそれに相対するのだが、ラストシーンで状況が一変する。突然ライブステージで目が覚めるのだ。しかもライブステージから客席を観ると死んだはずの母親は生きており、あれだけ大衆の前で失態を繰り返してきたはずなのに、ファンたちは自分に声援を送っている。なんと今までのほぼ全ての出来事は”幻覚”だったことが判明するのである。ただスカイ・ライリーの精神は邪悪な存在によって蝕まれてしまっており、大衆の目の前で自殺することによって本作は幕を閉じる。前作と同じく完全なバッドエンドであり、”不幸大喜利”はとんでもない形で着地する。これで大勢の観客の全てに”感染”してしまったということだろうが、おそらく3作目の構想もあるのだろう。さすがにこれだけの規模の感染者だと前2作でやったパターンは難しいので、新しい展開になるのだろうが、それにしてもこの展開も「リング」を強く想起させる。本作は前作よりも強く、ロマン・ポランスキー監督の「反撥」やダーレン・アロノフスキー監督の「ブラック・スワン」といった、サイコスリラー路線を目指したのだろう。
よってカトリーヌ・ドヌーヴやナタリー・ポートマンらと同じく、ナオミ・スコットの演技によって作品の出来は大きく左右されるのだが、その点で本作のナオミ・スコットは本当に素晴らしかった。有名であるがゆえに世間に顔もさらけ出せず、人に追いかけられる日々の中で弱みも見せられない毎日。その中で疲弊し、精神的に追い詰められていく姿を完璧に演じていたと思う。ちなみに前作主人公ローズを演じたソシー・ベーコンはケビン・ベーコンの娘だし、本作で事故死したポール・ハドソンを演じたレイ・ニコルソンは、あのジャック・ニコルソンの息子ということで二世俳優の活躍も楽しい。日本での劇場未公開は本当に残念だったが、ホラー映画としての演出やカメラワーク、俳優の演技や脚本も含めてかなりハイレベルな一作だと思う。ホラー映画として映像の作り方が本当に巧いのだ。ちなみに本作のプロトタイプ作品である、短編「ローラは眠れない」も11分ほどの作品だが高い完成度で、パーカー・フィン監督の才能には驚かされるので、次回作にも期待しかない。
8.0点(10点満点)