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映画「サブスタンス」ネタバレ考察&解説 監督の前作も含めて、本作の様々な引用元作品を解説!想像を超えるエクストリームな映像体験!

映画「サブスタンス」を観た。

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2018年の「REVENGE リベンジ」で長編監督デビュー作した、フランスの女性監督コラリー・ファルジャの長編2作目。第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門では「脚本賞」を受賞した他、第75回アカデミー賞では「作品賞」「監督賞」「主演女優賞」ほか計5部門にノミネートされ、結果「メイクアップ&ヘアスタイリング賞」を受賞した。主演は「ゴースト ニューヨークの幻」「幸福の条件」「G.I.ジェーン」など90年代で一世を風靡したデミ・ムーアで、本作ではキャリア初となるゴールデングローブ賞「主演女優賞」受賞を果たしている。その他の出演者は、「憐れみの3章」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のマーガレット・クアリー、「デイ・アフター・トゥモロー」「バンテージ・ポイント」のデニス・クエイドなど。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:コラリー・ファルジャ
出演:デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド
日本公開:2025年

 

あらすじ

50歳の誕生日を迎えた元人気女優のエリザベスは、容姿の衰えによって仕事が減っていくことを気に病み、若さと美しさと完璧な自分が得られるという、「サブスタンス」という違法薬品に手を出すことに。薬品を注射するやいなやエリザベスの背が破け、「スー」という若い自分が現れる。若さと美貌に加え、これまでのエリザベスの経験を持つスーは、いわばエリザベスの上位互換とも言える存在で、たちまちスターダムを駆け上がっていく。エリザベスとスーには、「1週間ごとに入れ替わらなければならない」という絶対的なルールがあったが、スーは次第にルールを破りはじめる。

 

 

感想&解説

本作「サブスタンス」はフランスの女性監督コラリー・ファルジャの長編2作目だが、第75回アカデミー賞では「作品賞」「監督賞」「主演女優賞」ほか計5部門にノミネートされ、世界中で高く評価された作品となった。そして「一生忘れられない最高の映画体験」という文章が本作の公式WEBにあるが、まさにその通りの作品だと思う。ただし終盤の展開については、観る人によってはトラウマとなって記憶に残る可能性もある作品だろう。鑑賞した後しばらくは食欲が無くなるだろうし、気分が悪くなるかもしれない。ラストに近づくにつれて本作は、想像を超えるエクストリームな展開となるからだ。よって映画の鑑賞前には、予告編も含めてなるべく情報を入れないことをオススメする。

コラリー・ファルジャ監督の前作は2018年日本公開の「REVENGE リベンジ」で、本作と同じく自身が監督/脚本/編集を手掛けているが、やはりこの「サブスタンス」から振り返っても、彼女の作家性が色濃く出た一作だったし、本作の補助線になると思う。この映画はいわゆるリベンジアクションであり、主人公の女性は不倫相手の男の狩猟仲間にレイプされた挙句に、その不倫相手を含めた男たちから口封じのため崖の下へと突き落とされてしまい、その復讐をするという内容だが、この演出手法が独特でとにかく血まみれの”ゴア描写”がとてつもないのだ。突き落とされた時に腹に木片が突き刺さった主人公が、ドラッグの力を借りて自らナイフで腹を割き、燃やした空き缶で傷口を塞ぐシーンは特に印象的だが、その後にも足に刺さったガラス片を傷口に指を突っ込んで抜き取る場面を延々と映したり、全裸の男がショットガンで撃たれた後、はらわたをサランラップで巻きながら血だらけで追いかけてきたりと、ほとんどスプラッタホラーのような作品だった。そして男たちが身勝手で総じてクズなのも「サブスタンス」と同じだ。系譜としてはアレクサンドル・アジャ監督「ハイテンション」、パスカル・ロジェ監督の「マーターズ」などのフレンチホラーの作品群や、近作だとRAW 〜少女のめざめ〜」「TITANE/チタン」のジュリア・デュクルノー監督からの影響もありそうだが、このコラリー・ファルジャ監督は、”肉体の破損や変化”と”社会における女性の立場”を明確に描き出し、それに対しての”反抗と逆襲”をテーマに描きたい監督なのだろう。そしてこの「サブスタンス」にもその要素はしっかりと受け継がれていると思う。

 

そして本作のもうひとつのトピックスとしては、やはり主演のデミ・ムーアだろう。1990年公開の「ゴースト ニューヨークの幻」でブレイクスルーしてから、「ア・フュー・グッドメン」「幸福の条件」「ディスクロージャー」などの90年代ヒット作を経て、「素顔のままで」「G.I.ジェーン」でやや低調になった後、2003年公開「チャーリーズ・エンジェル フルスロットル」における伝説のエンジェルである”マディソン”を演じたのが、劇場のスクリーンで彼女を観た最後な気がするが、正直2000年代は”デミ・ムーア不在”の時代だったと思う。その彼女が60歳を越えて挑戦したのが本作のエリザベス役であり、これでキャリア初となるゴールデングローブ賞「主演女優賞」受賞を果たしたことでも、いかにハマリ役だったかが分かる。老いと抗い、美と若さのために全てを捨てて”サブスタンス”に執着する元人気女優役は、完全にデミ・ムーアそのものを想起させるからだ。

 

 

ここからネタバレになるが、本作は完全に”ボディ・ホラー”の系譜だ。恐らく監督が影響を受けた作品としてはデヴィッド・クローネンバーグスキャナーズ」や「ザ・フライ」、ジョン・カーペンター監督「遊星からの物体X」などの人体爆発や肉体が融解していく描写や、ダーレン・アロノフスキー監督の「レクイエム・フォー・ドリーム」におけるドラッグを摂取した時の瞳孔描写、そしてスタンリー・キューブリックの「シャイニング」のシンメトリー構図の赤い廊下、ブライアン・デ・パルマ監督の「キャリー」のラストの血まみれ展開などだろう。特に「ザ・フライ」は耳がボトッと落ちるシーンなどはそのままのシーンがあり、強い影響とオマージュを感じた。前作「REVENGE リベンジ」とこれらの名作が混然一体となって、この「サブスタンス」は形作られているのだろう。

 

主人公エリザベスは過去一世を風靡した女優だったが、それが段々と忘れ去られて風化していく様子が冒頭の「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」の星型プレートの扱いによって表現される。(「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」とは、ハリウッド通りにある、ショービズで活躍した人物の名前が彫られた2,000以上の星型のプレートが埋め込んである通りで、観光名所になっている場所だ。)そして50歳の誕生日を迎えた彼女を、”ハーヴェイ”という名のプロデューサーはフィットネス番組から降ろし、新しく若い女性をキャスティングしようとする。デニス・クエイド演じるこの”ハーヴェイ”はもちろん、ハーヴェイ・ワインスタインを意識してのネーミングだろう。序盤のシーンで、彼がトイレで洗わなかった手でくちゃくちゃと海老を食べながら、「50歳になると止まるだろう?」と言うとエリザベスが「何が?」と聞き返す場面があるが、これは明らかに”生理”のことを指している。このハーヴェイという男は、若く美しい女性しか価値がないと思っているのだ。そしてそれはマンションの向かいに住む男もスーが部屋に招き入れる男たちも、オーディションの審査員の男たちもみな同じだ。

 

だからこそラストで異形と化した”モンストロ・エリザスー”が、彼女を「モンスターだ!撃ち殺してしまえ!」と叫ぶ観客に浴びせかけるのは大量の”血”であり、それは女性として偏った価値観を押し付けられてきた怨恨が、まさに形となって”噴出”した表現なのだろう。そしてTV番組のスタジオでショーを観ている観客たちは、明らかに映画館でこの「サブスタンス」を観ているわれわれ観客と同じなのだと監督は描いている。昔の同級生とデートに出かける前にスーの写真と今の自分を見比べてしまった為に、自分の容姿に納得がいかずに何度もメイクを直すシーンなどは本当に痛々しかったが、スーが老いたエリザベスを殺そうと何度もガラスに打ち付けたり、腹に蹴りを入れるシーンでは、監督から「本当に醜いのはどちらでしょう?」と問いかけられているような気分になる。そしてラストはもう一度、「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」の星型プレートに戻ってきて、清掃員によって掃除されて映画はエンドクレジットとなる。これは1978年日本公開のウィリアム・サッチス監督「溶解人間」のオマージュではないだろうか。特殊な宇宙線により肉体が溶解していく主人公が、最後は解けきってしまい清掃員によって掃除されて終わるラストがそのまま引用されているからだ。

 

アカデミー賞は事前のゴールデングローブ賞で「主演女優賞」を獲り、素晴らしいスピーチをしたデミ・ムーアではなく、「ANOR/アノーラ」のマイキー・マディソンが受賞したが、本作を観た後だとやはりデミ・ムーアに獲って欲しかった気持ちになる。この「サブスタンス」で描かれているとおりに、ハリウッドでは若くて美しい女優が優位であることが立証されてしまったように感じるからだ。だが賞は別にしても本作におけるデミ・ムーアは、本当に素晴らしかったと思う。またCGに頼らずに特殊効果をフルに生かした映像演出も心躍ったし、何より先が読めずに驚きの連続となる展開はホラーとしてもブラックコメディとしても楽しい。身体の切れ目を糸で縫っていくシーンを長めに見せるシーンなどは、コラリー・ファルジャ監督らしい”痛い演出”だと思ったが、「R15+」作品としてはかなりグロ度が強いし、総じて刺激の強い作品だと思う。好き嫌いはハッキリ分かれそうだが、個人的にはこういう作家の主張が強い作品は大好物だった。前作「REVENGE リベンジ」に出演していた俳優ヴァンサン・コロンブ も一瞬カメオ出演していたが、コラリー・ファルジャ監督の次回作は更にステップアップした作品になりそうで楽しみだ。

 

 

8.5点(10点満点)