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映画「ノスフェラトゥ」ネタバレ考察&解説 過去作との違いを解説!美麗で耽美なゴシックホラーの快作!

映画「ノスフェラトゥ」を観た。
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2017年の長編デビュー作「ウィッチ」から、「ライトハウス」「ノースマン 導かれし復讐者」と作家性の強い作品を公開し続けている鬼才ロバート・エガース監督が、自身も多大な影響を受けたという1922年のサイレント映画吸血鬼ノスフェラトゥ」を独自解釈でリメイクしたゴシックホラー。第97回アカデミー賞では「撮影賞」「美術賞」「衣装デザイン賞」「メイクアップ&ヘアスタイリング賞」の4部門でノミネートされている。出演はジョニー・デップの実娘であるリリー=ローズ・デップと「IT イット “それ”が見えたら、終わり。」「ジョン・ウィック コンセクエンス」のビル・スカルスガルドを中心に、「ニンフォマニアック」のウィレム・デフォー、「マッドマックス/怒りのデス・ロード」のニコラス・ホルト、「TENET テネット」「ブレット・トレイン」のアーロン・テイラー=ジョンソンなど超豪華キャストだ。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

 

監督:ロバート・エガース
出演:リリー=ローズ・デップ、ビル・スカルスガルド、ウィレム・デフォーニコラス・ホルトアーロン・テイラー=ジョンソン
日本公開:2025年

 

あらすじ

不動産業者のトーマス・ハッターは、仕事のため自身の城を売却しようとしているオルロック伯爵のもとへ出かける。トーマスの不在中、彼の新妻であるエレンは夫の友人宅で過ごすが、ある時から、夜になると夢の中に現れる得体の知れない男の幻覚と恐怖感に悩まされるようになる。そして時を同じくして、夫のトーマスやエレンが滞在する街にも、さまざまな災いが起こり始める。

 

 

感想&解説

本作の監督ロバート・エガースの過去作は、2017年の長編デビュー作「ウィッチ」から始まる「ライトハウス」「ノースマン 導かれし復讐者」の3作品だ。「ウィッチ」は17世紀の魔女伝説をテーマにし、敬けんなキリスト教の信者である一家が町を離れて僻地に移り住むが、そこで末っ子の赤ちゃんが消えてしまったことにより、長女が「魔女」なのではないか?と一家が疑心暗鬼に陥り家族が狂気に蝕まれていく姿を描いたフォークホラーで、第2作「ライトハウス」は19世紀のニューイングランド灯台守2人がいる島が突然の嵐に見舞われたことにより、彼らが狂気と幻覚に陥っていく様子をモノクロで描くアートホラーだ。第3作目の「ノースマン」はシェイクスピアの四大悲劇「ハムレット」をベースにしたような、北欧を舞台にした復讐アクション大作だったのでやや趣が異なるが、ロバート・エガース監督の過去作は、総じて「人間の業と狂気」を描いた作品だったと思う。

そして4作目に当たる本作は、1897年に出版されたブラム・ストーカーの怪奇小説「吸血鬼ドラキュラ」を非公式に映画化した、ドイツ人監督F・W・ムルナウの1922年ドイツ公開「吸血鬼ノスフェラトゥ」のリメイク作品だ。この「ノスフェラトゥ」は「アギーレ/神の怒り」「フィツカラルド」「バッド・ルーテナント」などで有名なドイツの巨匠ヴェルナー・ヘルツォークによる、日本公開1985年のリメイク作品も有名で、こちらはクラウス・キンスキー/イザベル・アジャーニブルーノ・ガンツなどが出演している。ヘルツォーク版は、22年のムルナウ版では著作権の問題で「オルロック伯爵」と呼ばれていた吸血鬼を、原作どおり「ドラキュラ伯爵」に戻したり、冒頭でトランシルヴァニアへ向かう夫の名前も「トーマス・ハッター」から「ジョナサン・ハーカー」に戻したりと原作準拠になっている。ところが今回のロバート・エガース版では、再びF・W・ムルナウ版の名称に戻していることから、本作はあくまで原作やヘルツォーク版ではなく、1922年ムルナウ版「吸血鬼ノスフェラトゥ」のリメイク作品なのだという作り手の意志を強く感じる。

 

ちなみにヴェルナー・ヘルツォーク版でも、ヘルシング教授が科学主義の単なる町医者で最後に杭を打ち込むだけの存在だったり、ジョナサンはドラキュラに噛まれた後は吸血鬼になり、伯爵が倒れた後のラストでも”これからやることがいっぱいだ”と吸血鬼として生きていく宣言をしたり、ジョナサンの奥さんの名前がルーシーとなっていたりと実は原作からの変更点も多い。イザベル・アジャーニやクラウス・キンスキー、ブルーノ・ガンツの怪演と、ゴシックホラーとして禍々しい雰囲気がある作品なのは間違いないし、特にペストを運ぶ1万匹ものネズミの大群の映像はすべて本物を使っているが故の迫力はあるが、やはり怪奇小説「吸血鬼ドラキュラ」の映画化である「ノスフェラトゥ」を今観るという意味では、このロバート・エガース版は間違いなく”決定版”だと言えるだろう。

 

 

大枠のストーリーとしてはほとんど、1922年のムルナウ版に準じたストーリー展開なのだが、本作では大きく2点の違いがある。ここからネタバレになるが、一点はアーロン・テイラー=ジョンソン演じる”フリードリヒ・ハーディング”と、エマ・コリン演じる”アンナ・ハーディング”と二人の子供たちの家族の役割が大きくなっていることだ。本作におけるフリードリヒはいわば観客と同じ目線を持つキャラクターであり、幸せな生活がリリー=ローズ・デップ演じるエレンと一緒にいることで崩れていくことに耐えられずに我を失っていく。エレンがオルロック伯爵に魅入られてしまったばかりに、フリードリヒの家族がオルロック伯爵の毒牙にかかり命を失っていく展開は、このロバート・エガース版を特にダークで救いのない作品にしていると思う。この夫婦が序盤、完璧に幸せな家族でありトーマスとエレンの心の拠り所であることを描いているが故に、この展開には驚かされた。

 

そしてもう一点が、本作はかなり”性的要素”が濃厚なことだ。冒頭からエレンが吸血鬼を自ら呼び出した上に、まるでオルロック伯爵にレイプされているような夢の描写で始まることからも、本作の方向性が示される。それからトーマス・ハッターはオルロック伯爵がいるトランシルバニア城に向かう展開になるが、そこでエレンの写真を見た吸血鬼は彼女に執着し、ヴィスボルクにまで追ってくる。そこから本作は完全に主人公はエレンにスイッチし、「お前が欲しい、俺のモノになれ」と襲ってくるオルロック伯爵と、トーマスを愛するが故にそれを拒むエレンとの攻防が物語の中心となるのだ。エレンの部屋へ侵入し、太陽が昇り始めることも気づかずに裸のエレンの胸元にかぶりつき、血を飲むことに夢中になっているオルロック伯爵と思わず声を上げてしまうエレンの描き方は、ほとんどセックスシーンのようだ。今までのどのバージョンよりも、本作は全体に漂うセクシャルな要素が強いのである。そしてそれと同時に、過去の精神障害から克服できたというトーマスへの強い愛の為に、過去とトラウマと立ち向かう女性としての側面も描いており、エレンを主人公として設定しなおした点も含めて現代的なアレンジとなっていたと思う。

 

そういう意味でも本作はかなりの豪華キャストでありながら、特に主演のリリー=ローズ・デップは素晴らしかった。彼女が吸血鬼に憑りつかれて白目をむきながら痙攣するシーンや、悪霊に取り憑かれてエビ反りになる「エクソシスト」シーンなどは迫真の演技で、”女優”としての自我よりも役に入り込んでいたし、バストトップもさらけ出しての体当たり演技で好感が持てた。またほとんど原型を留めていないビル・スカルスガルド演じるオルロック伯爵も、過去の吸血鬼の造形よりも数段禍々しく生まれ変わっていたし、ロバート・エガース監督作品常連のウィレム・デフォーもフランツ医師というヒーロー的な側面を持つキャラクターだが、それでもオルロックの影響を受けて最後は少しずつ狂っていくという流石の役作りだったと思う。役者陣のクオリティの高さは、本作のクオリティに大きな影響を与えていると言えるだろう。

 

ラストの日光を浴びて血を滴らせながら溶けていくオルロック伯爵の映像を観ながら、やはりユニバーサル・ピクチャーズというメジャー映画会社の資本と、才能のあるアーティストが本気を出すとスゴイなと感心したが、本作はとにかく徹頭徹尾、撮影と精巧なライティングによる画作りが素晴らしい。チェコプラハでのロケ撮影や、60にも及ぶセットを作っての撮影を行ったらしいが、音響デザインも含めて完全に”アートゴシックホラー”として特別な一作になっていると思う。超大作でありながらインディーズ的な手作り感もあり、洗練されたホラーとして作り込まれた世界観が楽しめる稀有な作品だろう。これはなるべく音響の良い映画館で観るべき一本だと思うし、ホラー映画が好きなら文句なくオススメできる作品だった。

 

 

8.5点(10点満点)