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映画「爆弾」ネタバレ考察&解説 本作で一番怖いのは、ラストの”あのセリフ”!今年を代表するサイコ・サスペンスの傑作!

映画「爆弾」を観た。

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「キャラクター」「恋は雨上がりのように」「帝一の國」の永井聡監督がメガホンを取り、「このミステリーがすごい!2023年版」で1位を獲得した同名小説を実写映画化したサイコ・サスペンス。主演を2025年も「木の上の軍隊」「ベートーヴェン捏造」と主演作が続いている山田裕貴が務めた他、「さがす」「あんのこと」の佐藤二朗、「ミステリと言う勿れ」「風のマジム」の伊藤沙莉、「はたらく細胞」「聖☆おにいさん」の染谷将太、「マスカレード・ホテル」の渡部篤郎、「ルノワール」の坂東龍汰、「グランメゾン・パリ」の寛一郎などが脇を固めている。原作は「白い衝動」「スワン」「Q」などの呉勝浩によるサスペンスであり、主題歌をロックバンド「エレファントカシマシ」の宮本浩次が担当している。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。


監督:永井聡

出演:山田裕貴佐藤二朗伊藤沙莉染谷将太渡部篤郎坂東龍汰寛一郎

日本公開:2025年

 

あらすじ

酔った勢いで自販機と店員に暴行を働き、警察に連行された正体不明の中年男。自らを「スズキタゴサク」と名乗る彼は、霊感が働くとうそぶいて都内に仕掛けられた爆弾の存在を予告する。やがてその言葉通りに都内で爆発が起こり、スズキはこの後も1時間おきに3回爆発すると言う。スズキは尋問をのらりくらりとかわしながら、爆弾に関する謎めいたクイズを出し、刑事たちを翻弄していく。

 

 

感想&解説

菅田将暉と「SEKAI NO OWARI」のボーカルFukaseの共演による、前作「キャラクター」は2021年公開だったため、本作「爆弾」は永井聡監督による約4年ぶりの新作となる。「キャラクター」はデヴィッド・フィンチャー監督「セブン」からの大きな影響を感じるものの、長崎尚志によるオリジナル脚本を映画化した良作スリラーであり、役者陣の熱演と演出力によって見応えのある作品になっていたが、本作は「白い衝動」「スワン」「Q」などで有名な呉勝浩の原作を映画化したサスペンス作品だ。主演は「東京リベンジャーズ」「キングダム」「ゴジラ-1.0」とヒット作に次々出演し、2025年も「木の上の軍隊」「ベートーヴェン捏造」と主演作が続いている山田裕貴が務めており、共演には「さがす」「あんのこと」でシリアスな演技を見せてきた佐藤二朗が、ふたたび怪演を見せるということで楽しみにしていた作品だった。

まず予告編を観ていて、これだけ期待が高まる作品は珍しい。山田裕貴佐藤二朗が取調室で爆弾の行方を巡って対決するという内容なのだが、これがクールな画面色調と二人の重厚な演技によって、すぐに引きつけられる。その上で本編を鑑賞してみると、その期待に違わぬ素晴らしいサイコ・サスペンスになっており、観ている間、笑みが止まらない映画だった。まず脚本と撮影が本当に素晴らしい。冒頭、染谷将太演じる等々力が佐藤次郎演じる”スズキタゴサク”の取り調べをしている。彼は酒屋で暴行を働き、名前以外の一切の記憶を失くしていると証言するが、”霊感”によって秋葉原の爆発を予言したことから、事件は大きく動き出す。ここまで映画が始まって10分以内の出来事であり、冒頭の展開から強烈に”掴まれる”のだが、ここからも映画は一度たりとも止まらずエンディングまで走り切る。そして警視庁捜査一課から渡部篤郎演じる”清宮”と、山田裕貴演じる”類家”が登場することになる。


本作では、この"清宮"というキャラクターが非常に重要なポジションを担っていると思う。序盤の等々力と比べると、話し方も含めて極めて理性的であり、経験も豊富そうで頼りがいがありそうな清宮は、いかにもこの局面を救ってくれそうな人物だ。スズキタゴサクの髪が綺麗にカットされていることを見抜き、彼を一瞬動揺させたりもする。ここからネタバレになるが、ところがそんな清宮もタゴサクの狂気にあっさりと飲み込まれることになる。代々木の幼稚園から子供たちを助け出したと思いきや、代々木公園のホームレスたちが爆発に巻き込まれたことにより、彼は怒りのあまりタゴサクの人差し指をへし折ってしまうのだ。本作において清宮は正義感が強い、観客にもっとも一番近い存在なのだが、彼がタゴサクの策略に屈してしまうことで、観客は初めて”スズキタゴサク”の超越した邪悪さを感じることになる。類家の前に清宮が彼と対峙することで、類家とタゴサク両者の”特殊性”が一層際立つのである。

 

 


さらに脇のキャラクターの存在感も強い。伊勢という刑事はタゴサクから”仲良くなりたい”と言われ、過去に遭った”ミノリ”という同級生が殺された話を、”あなたにだけですよ”と言われ聞かされる。その後、トイレで自分のケータイの在処を思い出したと言い出し、そこから伊勢は矢吹という所轄の警察官に電話してケータイを取りに行かせる。序盤の矢吹の話から、伊勢は過去に手柄を横取りして刑事に出世した男らしいことが伺えるが、伊勢はその負い目があったのだろう。そこから矢吹と倖田はスマホのカバーからシェアハウスの場所を知る事で、石川辰馬という長谷部の息子の死体を見つけ、そこに設置された爆弾によって、矢吹は脚を吹き飛ばされることになる。観客は矢吹と倖田のバディ感と正義感を序盤から刷り込まれているので、この展開には多いにショックを受けることになる。また全ての事件の鍵になる、自殺した長谷部やその妻の明日香といったキャラクターの情報の出し方も整理されていて、映画を観ていて混乱することがない脚本の手腕にも唸らされる。


そしていよいよ類家がタゴサクと対峙する場面は、本作で最高に盛り上がるシーンだろう。序盤では丁寧で頼りなさそうな類家が、ここにきて本性を現わし、不遜な態度でスズキを挑発するのだ。ここまでの展開で彼の頭が切れることは観てきているが、反対にタゴサクも只者ではない。この二人の頭脳対決はまったく先が読めないのである。類家を演じる山田裕貴は、基本的にはチャーミングさと真面目さ、そして少しの狂気を感じる俳優だと思うが、この類家というキャラクターの重層性によくマッチしていたと思う。「人を殺したいと思ったことはありますか?」というタゴサクの問いかけに、「あるよ。あるに決まってんだろ。」と答える類家のセリフは本気だと感じる。タゴサクからも指摘されていたが、本作における類家とタゴサクは、根本的には同じ人種なのだ。だがその一線を隔てているのは、「つまらないんだよ、世の中を壊すのなんて誰でもできる。壊すのを食い止める方が難しいし、やりがいがある。だから踏みとどまるんだ。」というセリフに集約されている。いわば彼らはコインの表裏の関係なのだ。


そして本作におけるスズキタゴサクは、邪悪の化身だ。一番最初に思い出すのは「ダークナイト」における”ジョーカー”だろう。特に伊勢がスズキの過去に起こったミノリという少女の殺人事件について言及するシーンでの、「何の話ですか?てか、あなたは誰ですか?」と問いかけるセリフには鳥肌が立った。彼には嘘を付く罪悪感や、命の尊厳といった感覚を持ち合わせていないのだ。そしてその後の展開としては、無差別爆破の動画が公開され、その予告通りに東京中の駅で爆発が起こるシーンから、実は明日香とタゴサクが裏で繋がっていたこと、そしてもう一つ爆弾があるがそれを爆破しないことでまだタゴサクのゲームは終わっていないことが語られ、映画は終演を迎える。しかし息子の辰馬を殺してしまった明日香に依頼され、辰馬が計画した爆破計画をコピーしてタゴサクが犯行を行っていたという終盤の展開に、大きくテンションが下がってしまったのは事実だ。それまで神格化された悪であったスズキタゴサクが、急に矮小化された”小物”に見えてくるからだ。

 

 


ところが本作は、やはり彼をただの小悪党としては終わらせないのである。それは、最後の類家のセリフで”タゴサクの身元”が分からないことが告げられるからだ。あれだけ世間を騒がせ、顔出し動画まで出た爆弾犯人の身元が分からないなんてことがあるだろうか。あの歳まで生きていれば、誰かしら彼の過去を知っている人間から情報提供があるだろうし、本名や過去の経歴くらいは出てきそうなものだ。ところが彼の正体を日本に住む誰一人と知らないという、あのセリフには本当に震撼させられた。この一言によって”スズキタゴサク”という存在が再び、得体のしれない、人間を超越した悪魔のような存在にまで引き上げられたからだ。そして見つからない最後の爆弾とは、類家たちの心の中に芽生えてしまった”疑心暗鬼”の比喩だろう。本当に存在するかどうかわからない爆弾の行方に、彼らはずっと怯えていく事になるからだ。

 

本作のMVPはやはりタゴサクを演じた佐藤二朗だ。セリフを言うテンションや抑揚、そして表情で、映像だからこそ感じられるタゴサクというキャラの禍々しさを表現していたと思う。それにしても、本当に面白い作品だった本作。原作の持つ魅力を損なわず、序盤ではカメラをグラグラと揺らすことによってドキュメンタリックな効果を出していたのと対照的に、終盤の真相が分かる場面では固定で安定したカメラワークに切り替えたりと、同じ留置所でも演出を使い分けていたが、映画としてこれだけ卓越した演出力をみせた永井聡監督は、相当な力量を持つ作り手だと感じる。個人的には、2025年を代表する一本となるべきサイコ・サスペンスだと思う。

 

 

9.0点(10点満点)