映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「MASTER マスター」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

MASTER マスター」を観た。

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監督:チョ・ウィソク
出演:イ・ビョンホンカン・ドンウォン、キム・ウビン
日本公開:2017年

 

韓国観客動員715万人の大ヒット作で「甘い人生」「悪魔を見た」や、近作だと「マグニフィセント・セブン」のイ・ビョンホンが、非道なカリスマ詐欺師役を演じた犯罪ものである。韓国犯罪史上最大規模の金融投資詐欺事件と言われる、実在の「チョ・ヒパル詐欺事件」を題材にしているらしい。予告編を観た限り、これは大好物のテーマだと喜び勇んで劇場に駆けつけた訳だが、143分というなかなかの長尺作品の中身はどうだったか?今回はネタバレありで。

 

あらすじ

金融投資会社のトップに君臨するチン会長(イ・ビョンホン)は、カリスマ的な魅力とテクニックで多額な投資金を集めてきたが、それはすべて私腹を肥やし、さらなるビジネス拡大に向けた裏金、権力者のワイロへと変貌を遂げていた。被害者数4万人、被害総額約3000億円という史上最悪の金融投資詐欺事件が引き起こされていたのだ。そんなチン会長の悪行を追跡し続けていたのが、知能犯罪捜査班のキム刑事(カン・ドンウォン)。チンら一味を一網打尽にするべく内偵を続けてきた彼は、チンの側近でプログラムの天才であるパク(キム・ウビン)に接触し、司法取引によって内通者としてスカウトする。果たしてパクは、裏金の詳細が記された極秘ファイルを入手できるのか?

 

感想&解説

休日昼間の回という事もあり、劇場内はイ・ビョンホンのファンと思しき女性客がかなり多かったと思う。映画が終わった後も「面白かったー」「緊張感がすごい」などと口々に言いながらも、早々にランチのお店を相談していたが、まさにこのバランスの作品だったと思う。映画としてカーチェイスあり、銃撃戦あり、格闘シーンあり、おまけでサスペンスありといった感じで、アクション要素は多いが本格アクション映画と言い切れる程ではないという、作品のトーンが定まらない全体的に薄口な作品になってしまっていたと思う。

 

勝手に予告編から受けた極悪人のイ・ビョンホンを追い詰める為に、犯罪捜査官が知恵を絞り、裏切りや騙し合いを通じて、最後にどんでん返しのカタルシスを得る様なシナリオ重視の作品を期待していたが、これは完全に期待はずれだった。もちろん、退屈しない程度にはツイストが効いており、ストーリーも転がってはいくのだが、劇中で「両面テープ」と言われていたパクという裏切り者かつ、コメディリリーフ役の存在で、なんとか持ちこたえているが、やはりストーリーも予想の範囲を超えては来ない。

 

まずイ・ビョンホンが、そこまで極悪なカリスマキャラクターに見えないのが問題だ。もちろん動かしている金額はデカイし、やってる犯罪は許されるものではないが、これが映画的に作用してこない。ただ、パソコン上の数字を動かして、投資家や権力者に口八丁で媚びを売っているだけにしか見えないし、裏切り者に対しての対応も生温い。序盤の「仲間たち」で手を繋ぎながら、絆を確かめ合うような儀式には笑ってしまった。その中の一人は裏切り者だと観客には伝わっているので、まるでイ・ビョンホンがバカに見える。

 

「悪の法則」のキャメロン・ディアスでも、「グッドフェローズ」のジョー・ペシでも良いが、過去の犯罪映画の極悪と言われた悪のキャラクターたちは、もっと「理屈の通じない者」の恐怖があったと思う。ラストシーンの刑務所内医務室でイ・ビョンホンが呟く、「フィリピンじゃなくて、タイに行けば良かった」というセリフで、劇場から笑いが漏れていたが、これなどは完全に笑いを取りに行ったセリフだろう。最後まで、どうにも小物感が拭えない今回のイ・ビョンホンのキャラクターのせいで、やはりこの作品のトーンがぶれている気がする。

 

イ・ビョンホンを追い詰める捜査官役のカン・ドンウォンのイケメンぶりと、明るく軽いテレビ的なショットの数々、テンポの良い語り口など直球のエンターテイメント作品として間口は広い作品だろう。だが韓国映画は「チェイサー」や「哀しき獣」「殺人の追憶」の様な、ノワールタッチの陰湿な雰囲気の作品の方が、個人的には好みだと改めて感じた一作であった。少し予告編からの期待値が高すぎたかもしれない。

「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

「IT/イット "それ"が見えたら、終わり。」を観た。

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監督:アンディ・ムスキエティ
出演:ジェイデン・リーバハー、ビル・スカルスガルド
日本公開:2017年

 

1990年にティム・カリー主演で、映像化されたスティーヴン・キングのホラー小説を再リメイクした本作。各国で歴代ホラー映画の中でも新記録を樹立しつつ、アメリカでもホラー映画オープニング収益歴代1位と、輝かしい記録を更新して大ヒットしている。本作を観て、そのヒットの理由も頷けると共に、映画としての完成度の高さに驚いた。2017年秋に公開されている作品の粒ぞろいぶりはスゴい。今回はネタバレありで。

 

あらすじ

舞台は1989年夏のメイン州デリー。主人公のビルは、弟のジョージーに紙で舟を作ってあげる。大雨が降る中、ジョージーは一人その舟を道路に浮かべながら遊んでいたが、突如おびただしい血痕を道に残して、こつ然と姿を消してしまう。恐ろしいピエロのペニーワイズに腕を噛み切られ、連れ去られたのだ。ジョージーが行方不明になってからというもの、町では不可解な子供失踪事件が続発する。そんな中、未だに行方不明の弟を探す兄ビルと彼の友人達「ルーザーズ・クラブ」。ルーザーズ・クラブのメンバーは太っている事からのイジメ、喘息持ち、黒人、親からの過度な支配、性的虐待、そして弟消失のトラウマという各々がコンプレックスを持っているが、彼らにも次々に恐ろしい体験が襲いかかる。

 

感想&解説

今作はホラー映画ではあるが、テーマは少年少女の「通過儀礼/イニシエーション」だろう。だが、子供たちが主役なのにR15+というレーティングが示す様に、子供がキャラクターに自分たちを重ねて観る作品ではなく、大人が自分の子供時代の暗い記憶を思い出しながらも、ツラい環境で暮らす彼らを親の様に見守るというバランスになっている。よって、今までの映画の「子役」の扱いと比較すると、本作の子供たちは相当に悲惨な目に遭う。

 

子供が大人になる過程で抱く、社会や家族の視線、自分の身体の変化などに対する様々な葛藤や恐怖を実体化したのが、ピエロのペニーワイズと彼が見せる幻影だ。ユダヤ系の少年には厳格な家族を象徴する絵だし、少女ベバリーにとっては初潮、黒人の少年には過去に両親を亡くした火事が恐怖の対象になり、その幻影が現れる。また、この「IT/イット」という作品にとって「大人になる事」は輝かしい未来では無いと描かれる。その証拠にこの作品で登場する大人は「全員」が、深い闇を抱えている。子供に対して暴力を振るい、エゴを押し付け、あらゆる意味で弱い子供たちを屈服させようとする。

 

映画の終盤で、主人公のビルがペニーワイズに捕らえられ、他の少年達にこのままビルを置いて帰れば、お前たちはそのまま「幸せな大人」になって老後まで生きれると言われるシーンがある。ペニーワイズが言う「幸せな大人」とは、この映画の舞台であるデリーに住む「腐った大人たち」と同義だ。だからこそ、彼らは自らの恐怖の対象に変化するペニーワイズを倒し、克服する事により自分たちの未来を掴むのである。ビルが弟ジョージーの幻影の額に銃を撃ち込んだ時、彼は遂にトラウマから解放され、自分の人生を歩き始めたと言えるのだ。

 

映画のラストシーン、ビルは去りゆくベバリーを追いかけ、キスをする。そしてベバリーはそれを受け入れる。これは彼らの子供時代からの脱却を意味し、健全な大人への変化を意味する。だからこそ、このエンディングは非常に風通しが良く爽やかに感じるし、ラストカットの遠くを見つめるビルを「頼もしい一人の男」として感じ、まるで親の様に誇らしい気持ちになる。

 

映画の演出的には、古典的なホラー映画を踏襲していると思う。「来るぞ、来るぞ」で、本当に「来る」ので、ホラー映画としての恐怖感は正直それほどでも無い。だが、ペニーワイズが見せる悪夢的な光景が、どれも美しく目を奪われる。降りしきる雨の中に映える黄色いレインコート、バスルーム中を真っ赤に染める鮮血、部屋中に置かれたピエロの人形、そして風船。カメラワークも印象的で、美術も含めて、とても素晴らしいシーンが多かった。

 

それに子役の演技も驚きのレベルだ。彼らの演技力は、この「IT/イット」という作品を本当に特別な一本にしていると思う。この作品の後味は、ホラー映画でありながら、同じスティーブン・キング原作の「スタンド・バイ・ミー」を彷彿とさせる。それは本作が優れた少年たちの成長記としても、キャラクターが描けているからだと思う。期待値を大きく上回る素晴らしい作品なので、ホラーだからと敬遠するには勿体ない。彼らが大人になった27年後を描く、続編の「チャプター2」は2019年公開予定だ。

「マイティ・ソー バトルロイヤル」を観た(感想&解説アリ)

マイティ・ソー バトルロイヤル」を観た。

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監督:タイカ・ワイティティ
出演:クリス・ヘムズワースケイト・ブランシェットトム・ヒドルストン
日本公開:2017年

 

マイティ・ソー」シリーズの第三弾であり、「マーベル・シネマティック・ユニバース」としては、17作目となる本作。時系列としては、「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」の2年後が舞台となり、1年後が舞台だった「キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー」では登場しなかったソーとハルクが主人公となる。今回はネタバレ無しで。

 

感想&解説

シリーズ三作目にして、かなり作風を変えてきたなぁという印象だ。身もふたもない言い方をするなら「デッドプール」+「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」。いわばコメディ路線である。事実、僕も声を上げて笑ってしまったシーンがいくつもある。アメリカでのオープニング興行収益も過去作を大幅に上回る成績でスタートしており、なんとリブート一作目の「スパイダーマン:ホームカミング」をも越えたそうだ。これは女性客の取り込みに成功した事の現れで、主演のクリス・ヘムズワースの人気もさる事ながら、広い層にこのコメディ路線が受け入れられた事の証明だろう。

 

これは今後のシネマティック・ユニバースを考えた上での、路線変更である事は間違いない。次回のアベンジャーズ三作目「インフィニティ・ウォー」では、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のメンバー参戦がすでに発表されているが、今のアベンジャーズのメンバーにそのまま彼らを混ぜると、コメディ色が強すぎて浮いてしまう。かといって、ガーディアンズのキャラを活かさない手はない訳で、ソーとハルクがその中和剤となり、アベンジャーズメンバーとの橋渡し役を担うという事だろう。これだけ本作でソーの「お笑い担当ぶり」を確立しておけば、それも全く問題ない。アライグマのロケットがハルクやソーに絡んでいるシーンが、今から目に浮かぶ

 

映画単体の出来としては、素直に楽しめるSFアクションコメディといったところだ。主役キャラはもちろんの事、敵役のケイト・ブランシェットのゴージャス感や、相変わらずのトリックスターぶりを魅せるトム・ヒドルストンも存在感があって良い。そして、何より本作の魅力は、惑星サカールの独裁者「グランドマスター」役のジェフ・ゴールドブラムだろう。ジェフ・ゴールドブラムといえば、1986年「ザ・フライ」の主人公セスや、1993年「ジュラシック・パーク」のマルコム博士役の、どちらかといえばクールな役が有名だが、まさか彼がこれほどコメディに向いているとは思わなかった。ちょっとした表情の変化や、セリフの間で笑わせてくれるのだ。本作、各キャラクターが非常に魅力的なのである。

 

アクションシーンは、ゲームの「戦国無双」シリーズ実写版が如く、ソーが迫り来る敵を次々となぎ倒していく爽快感のある演出になっている。その際のBGMでかかる「Led Zeppelin」の「Immigrant Song(移民の歌)」は、今までも様々な映画で使われてきた名曲だが、これがやはり無条件で高揚する。彼らのサードアルバム「Led Zeppelin III」(1970年)に収録されていたクラシックロックだが、この時代を超える耐久年数には驚くばかりである。

 

結論、今作に限っていえば、それほどマーベル・シネマティック・ユニバースの過去作とか、「マイティ・ソー」シリーズ二作を観ていなくても、ある程度楽しめる作品になっていると思う。VFX全開のアクションシーンとコメディシーンだけを観ていれば、細かい設定やキャラクターなどは気にしなくても十分に楽しめる映画になっているのだ。この間口の広さは、シリーズもの三作目としては快挙だろう。観てる時は頭を空っぽにして楽しめて、劇場を出る時には正直あまり記憶に残っていないというタイプの映画だが、こういうエンターテイメント作品があっても良いと思う。

「ノクターナル・アニマルズ」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

ノクターナル・アニマルズ」を観た。

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監督:トム・フォード
出演:エイミー・アダムスジェイク・ギレンホールマイケル・シャノン
日本公開:2017年

 

2009年のコリン・ファース主演「シングルマン」に続く、トム・フォード監督の第2作目。トム・フォードと言えば、ファッション業界の超有名ブランドでもあり、その創始者としての顔もある。映画内には、そのアーティスティックな感性が満ち満ちており、本作の不穏なテーマと相まって、ダークだが美しい作品になっている。主演はエイミー・アダムスジェイク・ギレンホール。「メッセージ」や「ナイトクローラー」など、作品選びも的確な2人が出演している「ノクターナル・アニマルズ」はどんな作品であったか?を解説したい。今回は完全にネタバレ有りなので、ご注意を。

 

あらすじ

アートディーラーとして順調に仕事を収めていたスーザン(エイミー・アダムス)。しかし再婚相手とは冷え切った関係で不眠症になるほど悩んでいた。そんなある日何年も連絡を取っていなかった元旦那のエドワード(ジェイク・ギレンホール)から一通の封書が届く。中身は小説の原稿で、その中身を読んだスーザンは、あまりに生々しい暴力的なストーリーに驚くと共に感情を揺さぶられ、現実と小説の世界を彷徨う様になる。

 

感想&解説

本作がどんな映画かは、劇中に出現する大きな絵によって堂々と宣言されている。「REVENGE」である。エイミー・アダムス演じるスーザンの元に、20年前に離婚したジェイク・ギレンホール演じるエドワードから、「スーザンに捧ぐ」と書かれた小説が送られてくるところから、映画は幕を開ける。その小説の内容と実際のスーザンの生活が過去を交えながら、交互に語られる構成なのだが、本作はメタフィクション的な構造を持っており、その小説の内容に、現在のエドワードがスーザンに伝えたい事や感情の全てが詰まっているので、ストーリーとしては極めて分かり易い映画だと言えるだろう。小説内で妻と娘を目の前で誘拐される夫トニーと、スーザンの元夫のエドワードの両方を、ジェイク・ギレンホール一人二役で演じているという親切な配役により、上記のメッセージは更に明確になっている。

 

小説内のトニーは、突然襲ってきた三人の男たちにほぼ無抵抗のまま、むざむざと妻と娘を連れ去られ、殺されてしまう。この男たちは「不条理さ」のメタファーだ。この不条理さには、スーザンが最後まで小説の才能を信じてくれなかった事、イケメンの精力的な男に乗り換えた事、自分に黙って子供を堕していた事など、スーザンがエドワードに対して起こした、「別れる原因」となった全ての事柄が含まれる。

 

それでも小説内のトニーは「妻と娘が殺される前に戦えば良かった」と慟哭する。劇中、若きエドワードはスーザンやその母親から、再三に亘って「弱い男」だと非難される。スーザンからの別れを無抵抗に受け入れた弱かった自分への後悔を、このトニーの慟哭に重ねているのだ。だが最後、トニーは殺人犯を銃で撃ち、自らも命を落とす。

 

現実の世界でエドワードがスーザンに「もう一度会いたい」とメールしてくる為、今の人生に嫌気が差しているスーザンは淡い期待を寄せるが(あのセクシーなドレス&「あの頃の無垢な私」の演出に注目!)、彼女に捧げた小説がこの結末なのに、ラストでエドワードが彼女の前に現れるはずが無いのである。あの殺人犯を殺し、自らも死ぬという表現は、あまりに不条理だったあの苦しみを乗り越え、もう生まれ変わるのだという、エドワードからの宣言だからである。

 

スーザンが待ちぼうけを食う時間経過の演出を入れていたが、これは演出上、全く必要ない。スーザンが席に座った途端にエンドクレジットくらいの割り切ったラストで、むしろ良かったのではないだろうか。この映画の欠点は、こういった説明過多な部分だと思う。もっと観客を突き放すくらいの削ぎ落とした演出の方が、この作品のクールな雰囲気には合っているだろう。

 

小説内に警部補ボビーという粗野な男が登場するが、これはエドワードが憧れる「男らしさ」の象徴だ。彼は常に銃で誘拐犯たちを脅し、遂にはその一人を射殺するが、この「銃」とは男性象徴のメタファーだろう。監督のトム・フォードはゲイである事をカミングアウトしているが、このエドワードを最後まで悩ます「男らしさ」とは、トム・フォード自身が彼の人生において苦悩してきた部分と呼応しているのかもしれない。

 

若干の欠点はあるが、オープニングの太り過ぎの全裸中年女性たちがアメリカ国旗を手に踊りまくる驚愕の映像から、家族が男たちに絡まれ、追い込まれる恐怖シーン、妻と娘が抱き合って死んでいるソファの赤とスーザンのオフィスの壁が同じ赤という色の演出まで、言い出せばキリがない程に「映画的な演出」の詰まった非凡な作品だ。トム・フォードの映画監督としての才能が十分に堪能出来る、素晴らしく美しい映画だったと思う。

「ブレードランナー2049」を観た(感想&解説アリ)

ブレードランナー2049」を観た。

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監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:ライアン・ゴズリングハリソン・フォードジャレッド・レト
日本公開:2017年

 

1982年公開、リドリー・スコット監督「ブレードランナー」の35年ぶりの続編が遂に封切られた。監督は「メッセージ」「プリズナーズ」「ボーダーライン」など、素晴らしい名作の数々を残してきたカナダの鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴ。公開直後の週末における全米興行収益が、3,150万ドル(約36億円)と予想をはるかに下回る結果で、製作費が1億5,000万ドル(約170億円)を超える本作にとっては厳しい滑り出しだと報道されているが、映画の完成度としてはどうなのか。今回の感想はネタバレ無しで。

 

感想&解説

82年公開の「ブレードランナー」は、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」というフィリップ・K・ディックが1968年に発表した小説を原作にしているが、そこにリドリー・スコットが思いつく限りのアイデアや、ギミックを入れ込んで作られた、名作SF映画としてあまりに有名な作品だ。編集バージョンが5パターンあるのも特徴で、現在は「ファイナルカット版」と呼ばれるバージョンが主流だろうが、当初はあった説明用のナレーションを削除したり、本来は必要なシーンが編集により削られたりと、そもそも「ブレードランナー」とは、作品内の世界観や設定を完全に説明してくれるような「親切な映画」だとは言いづらい。だが、むしろそういった謎が多く、説明不足の部分が、当時の映画マニアの中で憶測や想像を生み出し、熱狂的なカルト映画として人気を博していった経緯があった。

 

またそれと同時に「サイバーパンク」という世界観の代表作として、シド・ミードの美術デザインや、ヴァンゲルスのサウンドなどが非常に高いレベルで融合した作品でもあり、その後に出現した世界中の様々なポップカルチャーに影響を与えたのは、周知の事実だろう。だが、公開直後の興行収益としては、当時大ヒットしていたスティーブン・スピルバーグ監督の「E.T.」の陰に隠れてしまい、ほぼヒットせずに打ち切りとなったのも有名な話で、その後いわゆるVHSビデオの普及と共に、何百回も鑑賞する様なコアなリピーターを生み出し、不動の人気を確立したという歴史がある。

 

さて、そこで続編の「ブレードランナー2049」だが、結論から言ってしまえば、この作品も前作と同じく、いわゆる「一般受け」する映画では全く無いと思う。35年前の「ブレードランナー」がそうであった様に、分かりやすいカタルシスやアクションシーンが用意されている娯楽映画ではなく、レイアーがいくつも重なり合い、溶け合って、独自の世界観を構築している作品なので、一回観ただけでは全てを理解するのは難しいし、語りづらい。非常にアート的だし哲学的な映画だ。だが、それこそがブレードランナーの続編として、正しい姿なのだとも言える。

 

上映時間も166分あり、作品のトーンも暗く重い。若い観客たちがデートムービーとして選ぶ作品では無いし、気楽にエンタメを求めて一年に2〜3本の映画を観るくらいの観客にもマッチしないだろう。正直「つまらなかった」とネットのレビューに書かれても仕方ないと思うし、ファミリーで観たらその後の食事は気まずい思いをするかもしれない。ここが同じSF映画でも「スターウォーズ」シリーズとは違うところだ。

 

ブレードランナー」という有名タイトルの名前だけが独り歩きし過ぎている気がするが、「ブレードランナー2049」はもともと間口が広い映画ではなく、より「コアファン」の為のタイトルなのだと思う。だからこそファン同士の賛否両論が生まれ、議論の対象になると思うが、そういう意味では、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督とスタッフは今作で最高の仕事をしたと思う。

 

まず大袈裟では無く、映画を構成する全てのシーンが美しい。「007 スカイフォール」の撮影監督も務めた、ロジャー・ディーキンスの功績が大きいのだろうが、なるべくCGを使わずセットを作り込んで撮影を行ったという、今作のビジュアルは他の映画では観たことのない、とてつもないレベルに達している。このシーンの連なりを観ているだけで、正直この映画を観る価値は十分にあるだろう。またライアン・ゴズリングハリソン・フォードを含む俳優陣の熱演ぶりも言うに及ばずで、しっかりとブレードランナーの世界観の一部に成りきっている。

 

劇中で「魂を持たない」と言われるレプリカント達が、どれだけ利他的な行動を取り、恋をして、人間らしい行動を取るか。また「生殖」が可能なレプリカントはもはや、人間とどう違うのか?、この物語はSF映画の普遍的なテーマである、人間と究極の進化を遂げたロボット(今回はアンドロイド)を比較しながら、「人間の人間たる所以とは何か?」を問う物語なのである。当然だが、劇中で明確な答えは提示されない。

 

だが、前作「ブレードランナー」のラストシーン。寿命の定められたレプリカントのロイが降りしきる雨の中、デッカードを助けたあのシーンと、今作のラストを重ねて観ると、この「ブレードランナー」というシリーズに込められたテーマの一端を感じる気がする。これを単に人類に対するペシミスティックな視点だと簡単に言い切れるかは、難しいところだが。

 

繰り返しになるが、本作は説明不足なシーンも多数あり、キャラクターの設定や言動も謎が多い。だが、これこそが「ブレードランナー」の続編に相応しい。少なくとも、個人的にはブルーレイは必ず買って、何度か観直したいほどに好きな作品だった。この難しい主題の映画を作り上げた、監督のドゥニ・ヴィルヌーヴを筆頭に、この「ブレードランナー2049」からは、関わった製作スタッフの「魂」を感じる。それは、まるで本作における「K」のようだ。一時的な興行収益とは関係なく、これこそSF映画史に残る至高の一作だと思う。