映画を観て音楽を聴いて、感想を書くブログ

会社員バンドマンが綴る、映画と音楽のブログです。過去の名作から、新作まで綴っていこうと思います。音楽についても書くかもしれません。

「モリーズ・ゲーム」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

モリーズ・ゲーム」を観た。

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監督:アーロン・ソーキン

出演:ジェシカ・チャスティン、イドリス・エルバケビン・コスナー

日本公開:2018年


スキーのトップアスリートから高額ポーカー・ゲームの経営者へと転身した、実在する女性を描いた物語である。2014年に刊行されてベストセラーとなった、モリー・ブルーム本人の回想録がベースとなっている。脚本/監督を手掛けたのは「ソーシャル・ネットワーク」でアカデミー賞脚色賞を受賞した、アーロン・ソーキン。過去にも「スティーブ・ジョブズ」など、実在の人物を描くことで高い評価を得ており、今作が初監督作品となる。主演は「ゼロ・ダーク・サーティー」や「女神の見えざる手」のジェシカ・チャスティン。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

父親から厳しい英才教育を受け、モーグルのオリンピック候補まで成長したモリー・ブルーム(ジェシカ・チャスティン)は、選考をかけた大会で大怪我を負い、アスリートの道を諦める。空いた時間をロサンゼルスで気ままに過ごすことにしたモリーだったが、夜のバイトでアンダーグラウンドな業界の社長と知り合い、そのままポーカー・ゲームのアシスタントを頼まれる。そこでは、ハリウッドスターや大物プロデューサー、大企業の経営者らが巨額の掛け金でポーカーに興じていた。やがて彼女はその才覚で、自らゲームルームを開設するのだが、10年後、違法賭博の運営を行なったという理由でFBIに逮捕される。FBIはギャング組織の情報を聞き出そうとしていたのだ。彼女を担当した弁護士ジャフィーは打合せを重ねるうちに、モリーのある意志の強さを知っていく。

 

感想&解説

実在した、レオナルド・ディカプリオトビー・マグワイアなどのトップスターも利用していたという、超高額ポーカールームが舞台となる本作。その経営者であるモリー・ブルームは、26歳の元トップアスリートで違法なポーカー・ゲームを運営していたという理由でスキャンダルの的となった。そのモリーの栄光と転落、そして顛末を描くというのがメインのお話であるが、その語り口が面白い。脚本家のアーロン・ソーキンが初監督しているだけあって、冒頭のスキーシーンから膨大なセリフによる状況説明と感情吐露が行われ、それを細かいカットで繋いでいく。それによりテンポ感が生まれ、起こっている状況が理解できる作りになっている。

 

2010年のデヴィッド・フィンチャー監督「ソーシャル・ネットワーク」の冒頭シーンで、ジェシー・アイゼンバーグルーニー・マーラの印象的な大口論シーンがあったが、そのセリフの量とスピード感に当時圧倒されたのを思い出す。また、あの作品の中でもあのシーンはとてもキレが良く、面白いセリフの応酬だった。この脚本を担当していたのがアーロン・ソーキンなのだが、この演出方法は、この脚本家兼監督の面目躍如だと言えるだろう。また「マネー・ボール」「スティーブ・ジョブズ」と、実在する人物たちを描き続けているのもアーロン・ソーキンの特徴である。

 

本作は大きく3つのストーリーで進行していく。父親との確執を描きながら、スキーのアスリートを目指している幼少期、ポーカールームの運営者としてドラッグまみれになりながら働く栄光期、そしてFBIに逮捕され、文無しになりながらも弁護士のジャフィーと裁判に臨む没落期である。この3つのパートを時系列を入れ替えながら映画は進むのだが、正直この中で一番面白いのは、モリーが男たちを相手に果敢に立ち回る栄光期だ。だだ、もちろんマフィアに命を狙われたりといった起伏はあるのだが、映画序盤で結局最後はFBIに逮捕される事が描かれる為、ここでのストーリー展開の推進は弱いと言える。

 

また裁判の結果自体も、実在のモリーが存命しているので有罪になっても、それほど重い罪ではない事が分かっている為、最終的なストーリーの着地にもそれほど興味が持てない。また基本的には会話劇の為に、映像的に眼を見張る様な手法がある訳でも、演出がある訳でもない。そういう意味では、この映画はモリーが様々な局面に陥った時に、どう判断して、どう行動するか?のプロセスをアーロン・ソーキンの脚本によって楽しむ作品だと言える。映画としてのストーリーというよりは、各場面のセリフ回しや会話が魅力的な作品なのだ。

 

映画の終盤、ケビン・コスナー演じる父親との邂逅があり、二人は和解する。モリーがポーカールームで行っていた「強い男との戦い」は、この父親への反発心が影響していた事が描かれ、彼女の心のわだかまりが一つ解れる。また顧客情報の入ったハードディスクを司法の手に委ねて減刑をするか?その秘密を守り続けて実刑を受けるか?が、ストーリーの大きなポイントになるが、モリーは秘密を守る選択をする。ここに彼女の倫理観が現れており、ジェシカ・チャスティンの強いイメージと共に、このモリーというキャラクターを魅力的にしている。また弁護士役のイドリス・エルバも良い。後半の検察に対してモリーを守るために放つ長セリフは、力強く感動的だ。

 

ラストシーン、実刑になる事を覚悟したモリーだったが、結局は社会奉仕と20万ドルの罰金を言い渡され解放される。その裁判長の口ぶりから、ゲームに参加していた権力者の後ろ盾があった事が示唆されるが、もちろんハッキリとは描かれない。たが、ハードディスクを渡さず更に犯罪を認めている被告人に、裁判長が減刑する理由が無いだろう。グレーなニュアンスを残すラストだと言える。

 

ポーカーのルールなど、多少わかりづらい専門用語も多いし、ストーリー的に何か特別な面白さがある作品ではない。また、とにかくセリフの応酬なので、好き嫌いは分かれる映画なのは間違いない。上述の様に、各場面のセリフ回しや会話劇を楽しむ、玄人向けの作品かもしれない。個人的には少し物足りなさを感じたのは事実であった。

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」を観た。

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監督:クレイグ・ギレスピー

出演:マーゴット・ロビーセバスチャン・スタンアリソン・ジャネイ

日本公開:2018年

 

第75回ゴールデン・グローブ賞と第90回アカデミー賞助演女優賞を獲得した他、主演女優賞編集賞、作品賞などそれぞれ3部門ノミネートという高い評価の伝記ドラマである。オリンピックの代表選手な選ばれながら、ライバル選手への襲撃事件などのスキャンダルを起こした実在のフィギュアスケータートーニャ・ハーディングの人生を描く。監督は「ラースと、その彼女」のクレイグ・ギレスピー。主演は「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で、ディカプリオ演じるジョーダン・ベルフォードの妻役を演じていた、マーゴット・ロビー助演女優賞を獲得したのは「JUNO/ジュノ」のアリソン・ジャネイ。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

貧しい家庭に生まれ、強烈な鬼母ラヴォナ(アリソン・ジャネイ)に育てられたトーニャ・ハーディングマーゴット・ロビー)。フィギュアスケートの才能に恵まれた彼女は、血のにじむような努力を重ねてトリプルアクセルを成功させ、アメリカ代表選手として1992年のアルベールビルオリンピックに出場する。だが結果は4位に終わり、更に元夫(セバスチャン・スタン)や母親との関係も上手く行かず、人生に苦悩する。だが再びチャンスを掴み、猛特訓の末に1994年のリレハンメルオリンピックに出場する事になったトーニャだったが、元夫の友人がライバルだったナンシー・ケリガンの膝を襲うという事件が起こしてしまう。

 

感想&解説

アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」、評価の高さは認識していたが、これほど映画として面白いとは思わなかった。この作品、とにかく編集が素晴らしい。伝記映画と聞くと重厚な人間ドラマかと思うが、本作はコメディ映画と言って良いだろう。それくらい笑えるシーンが満載だし、この編集のおかげで独特の笑いの間を生んでいる。また、いわゆる「第四の壁」を壊して、登場人物が観客に向かって話しかけてくる演出が入るのも特徴で、インタビュー形式の中に過去の出来事を挟み説明しながら進む構成であるため、インタビュー中にしばらく登場のなかった母親がその事に文句を言うギャグや、猛特訓のシーンでコーチがこっちを見て「これ実際にやったのよ」などと言うシーンは、ベタではあるが映画の演出として笑わせてくれる。

 

また、ライバル選手のナンシーを実際に襲ったトーニャの元夫の仲間たちの余りの馬鹿さ加減も、完全にコメディ演出になっている。いきなりナンシーを襲った動機もめちゃくちゃなら、それを自慢気に他人に話し、自分の事を地下組織でスキルを磨き、世界を又にかけて人質を救ったなどと、本気でインタビューに答えて突っ込まれるニートのショーンや、警察に追われているのにクレジットカードを使いまくってすぐに捕まるデリックなど、いわゆる教育を受けていないホワイトトラッシュの愚鈍さを、ある意味笑わせながら提示してくる。しかも彼らは創作のキャラクターではなく、実際にアメリカに存在し、トーニャの人生を変えてしまったのだ。人が育つ環境の重要さを改めて思い知らされる。

 

また非常に気の利いた映画的な演出が多々あるのも、この映画の特徴だ。冒頭、トーニャを連れてスケート教室に来る母親ラヴォナが、どれだけ非道な人間かがまずBGMで示される。CLIFF RICHARDの「Devil Woman」である。リンクでタバコを吸い、すぐに暴言を吐く最低の母親である彼女を見て、もちろんコーチはトーニャの入会を断る。だが、スケートをする4歳のトーニャの笑顔とそれを思わず見てしまうコーチのカットだけで、次のシーンではもう実力を付けて成長しているトーニャのシーンに移行している。これはトーニャのスケートへの溢れる愛とコーチの人柄を、短いショットで非常に端的に現している省略演出で大変上手い。

 

またラストシーンで、スケートを剥奪されボクサーに転向したトーニャが、相手にノックダウンされるシーンのスローモーション。殴られ倒れながら回転する様子と、初めてスケートの試合でトリプルアクセルを決めている人生最良の回転を交互に描くという、あまりにアイロニカルで悲しいシーンの美しさ。そしてトーニャは倒れ込んで血を吐きながらも再び立ち上がるが、カメラはその鮮烈な赤い血を映し続ける。そこから最後のタイトルが表示される編集の切れ味。これらの一連のシーンは映画的な快感に溢れており、本当にシビれる。フィギュアスケートという競技で溌剌と演技するトーニャを捉えるカットのダイナミックでスピーディなカメラワークも気持ちいいし、全体的に70~80年代の音楽が画面を推進しているのも良い。特にトーニャが夫から逃げるシーンでかかるSUPER TRAMPの「Goodby Stranger」は歌詞の意味も含めて画面にマッチしており、思わず身体が動いてしまう。

 

トーニャ・ハーディングという女性のあまりに数奇な人生とそのヒール性、そして「ナンシー・ケリガン襲撃事件」という94年に起こったセンセーショナルな実話を、主演のマーゴット・ロビーの熱演と編集のタチアナ・S・リーゲルのセンス、そして監督のクレイグ・ギレスピーによる見事な演出力で、120分をフルスロットルで魅せ切る傑作だったと思う。その上、「アメリカは悪役を欲する」というアメリカのマスコミ報道の危うさや、フィギュアスケートの様な主観で採点される競技における、イメージ込みで評価される事への選手の苦労、幼少期に受けた暴力が人格に及ぼす影響など、非常に多くの示唆に富んだ作品だった。フィギュアスケートに詳しくなくても良いし、トーニャ・ハーディング自体に興味が無くても充分に楽しめるので、これは映画ファンなら観ておくべき作品だと思う。

「ザ・スクエア 思いやりの聖域」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

ザ・スクエア 思いやりの聖域」を観た。

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監督:リューベン・オストルンド

出演:クレス・バング、エリザベス・モス、ドミニク・ウェスト

日本公開:2018年


第70回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した風刺劇。監督は「フレンチアルプスで起きたこと」のリューベン・オストルンド。世界的な評価は高く、公式HPにも日本国内の著名人コメントが並ぶが、個人的には正直ピンと来ない作品であった。今回は酷評なのとネタバレありなので、ご注意を。

 

あらすじ

美術館のキュレーターとして有名なクリスティアン(クレス・バング)は、良き父親であり、同時に慈善活動を支援するなど、周囲から尊敬されていた。ある日、他人への思いやりを促すインスタレーションザ・スクエア」の企画を思いつき、その準備に追われていたが、街でトラブルに巻き込まれて、財布とスマートフォンを盗まれてしまう。それらを取り戻すために彼が取った行動が、思わぬ事態を引き起こす。

 

感想&解説

楽しい娯楽作品や気軽に観れる映画を期待している人は、まず向いていない。徹頭徹尾、観客を居心地悪く、落ち着かない気分にさせる映画だ。そしてこの居心地の悪さの理由を考え、この場面、自分だったらどう行動するか?を考えながら、湧き上がる嫌な気持ちを我慢しながらスクリーンを眺めるという、倒錯した楽しみ方をする作品である。しかも上映時間も151分と長い。主人公が困っているシーンが、様々なシチュエーションで描かれる為、それほど退屈はしないが、映画が終わるとかなり疲れるし、決してわかりやすい救いのあるエンディングでも無い。

 

まず主人公の職業である、美術館のキュレーターという仕事が聞き慣れないが、展覧会の企画・構成・運営などをつかさどる専門職という事で、非常に地位の高い職業のようだ。このキュレーターの主人公クリスティアンは、離婚歴はあるが二児の父で、基本的には良識ある善人として描かれる。だが、ある日ケータイと財布を盗まれた事から、この犯人にちょっとした復讐を行なってしまう。GPSで、犯人のアパートの場所は分かったが、部屋や階が分からないクリスティアンは部下と共にアパートに行き、全ての郵便受けに脅迫じみたメモを置いていくのである。結局、盗まれた物は戻ってくるのだが、そこからその脅迫状によって親から泥棒扱いを受けたという無実の子供から、執拗に追いかけ回され、ひたすら謝罪を求められるというのが、本作のストーリーラインのひとつだ。

 

またもうひとつのラインは、「ザ・スクエア」というこの美術館の新しい展示企画の話である。「ザ・スクエアは、信頼と思いやりの聖域です。この中では誰もが平等の権利と義務を持ちます」というコンセプトを掲げた現代アートで、この展示物に人々の注目を集めようと、ホームレスの様な金髪の少女をこのスクエアの中でバラバラに爆破するというフェイク動画を、スタッフがYouTubeにアップするという愚挙に出る。当然動画は炎上し、クリスティアンは責任を取って退職させられる。これがもうひとつのストーリーラインだ。

 

大きくはこの二つのストーリーラインの行方を描きながら、さらに「気まずいエピソード」を挟み込んでいく構成を取る。例えば、冒頭の女性インタビュアーとの噛み合わない会話、パーティーで再開した二人が意気投合してセックスしたはいいが、何故か使用済みのコンドームを巡っての捨てる捨てないの争い、極め付けは美術館まで押し寄せてきて、「昨日、あなたが私にした事を言ってみて」とか「あなたは誰とでも寝るの?」、「私の名前は解る?」などと、一方的に責められるエピソード。更にこの女性が喋っている後ろで、何かが落下するような「ガッシャーン」という音が重なって、これが全く理由が分からない為、クリスティアンもそして観ているこちらも、大層イライラするシーンとなっている。

 

その他、公開トークショーの最中、精神病という男性から延々と下ネタのヤジを入れられたり、美術館のミーティングシーンで赤ちゃんがずっと泣き止まなかったりと、終始クリスティアンと観客はストレスを強いられる。極め付けは美術館の出資者を集めてのパーティーでのパフォーマンスのシーンだろう。パフォーマーの男は猿になりきり会場に登場する。はじめは皆、まだ笑いながら状況を見ていられたが、徐々に男はまるで猿そのものになったように振る舞い、その場の人々は得体のしれない緊張感に包まれ出す。遂に一人の女性を床にたたきつけ、のしかかると場が騒然となるシーンがある。このシーンの緊張感は、只事では無い。我が物顔で、パーティー会場を闊歩する「猿男」に皆、顔を伏せて目を合わせない様にし、明らかに恐怖しているのだ。どこまでがパフォーマンスなのかが分からない空気は観客にも伝播し、こちらも恐怖を感じ出す。そして、このシーンも何故こんなパフォーマンスをする必要があるのか?は全く謎のままシーンは終了する。

 

この映画はコメディ的な側面もあると思う。画面で起こっている事が、あまりに気まずく理解不能な為に、思わず苦笑いしてしまうのだ。恐らく作品の中に、利己主義の醜さや他者への欺瞞、現代アート批判など、監督はメッセージを込めたのかもしれないが、作品全体を漂うあまりの「悪意」にそれらがボヤけてしまっていると感じた。更にこの映画を貫くストーリーは無いに等しい。強いて言うなら、上記の脅迫状とYouTube動画の件がそうだが、ラストまで観ても特にカタルシスは無い。例の子供にも和解出来ずに終わる。ただひたすらにモヤモヤとした感情だけが残る作品で、その特異性を評価する人がいるのは理解出来なくはないが、個人的にはもっと観るべき作品は他にあると感じてしまった。

 

映画というフォーマットの中で色々な表現があっても良いと思うが、観終わって最低限の「お土産」は欲しいと思う。それは「楽しかった」でも「感動した」でも「怖かった」でも良い。「この映画の事をもっと知りたくなった」なんて最高の感想だろう。だが何故か僕にはこの映画を観終わっても、なんの感慨も湧かなかった。気まずいシーンの連続が、目の前を通り過ぎて行っただけだ。これは単に肌に合わなかったからかもしれないが、個人的には良いストーリーと演出が映画の魅力だと思っているので、本作は「頭でっかちな作品」という感想で、あまり感心しなかった。

「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」を観た。

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監督:アンソニー・ルッソジョー・ルッソ

出演:ロバート・ダウニーJr、クリス・ヘムズワースマーク・ラファロ、クリス・エバンス

日本公開:2018年


世界同時公開の本作、初週末の興行収入が推定6億3000万ドル(約687億円)と史上最高を記録、北米の興収も2億5000万ドルと、2015年公開の「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」が初週末に記録した2億4800万ドルを上回り、史上最高のスタートとなったらしい。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)としても19作目、ヒーロー勢揃いのアベンジャーズシリーズとしては、3作目である。上映時間は150分近くあるが、世界最高峰のヒーロー映画として、存分に楽しめた。今回もネタバレありで。

 

あらすじ

6つすべてを手に入れると世界を滅ぼす無限大の力を得るインフィニティ・ストーン。その究極の力を秘めた石を狙う“最凶”にして最悪の敵サノスを倒すため、アイアンマン、キャプテン・アメリカスパイダーマンら最強ヒーローチーム“アベンジャーズ”が再度集結。人類の命運をかけた壮絶なバトルの幕が開ける。果たして、彼らは人類を救えるのか?今、アベンジャーズ全滅へのカウントダウンが始まる!

 

感想&解説

完全に一見さんはお断りの映画である。よって、「ゴールデンウィークだし、久しぶりに映画館で派手なアクション映画で観るか」というスタンスで、この作品を選ぶと冒頭から完全に置いていかれる。本作はMCUシリーズを一生懸命に追いかけてきたファンに向けた、いわゆる「ファンムービー」であり、マーベルの各キャラクターに思い入れがある人ほど楽しめるし、最後の展開に動揺するだろう。今作から「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のメンバーが参加しているが、昨年公開の「マイティ・ソー  バトルロイヤル」における完全コメディ路線が示唆していた様に、ソーとガーディアンズのメンバーが絡む展開は想像どおり、かなり楽しい。

 

他にもアイアンマン、キャプテンアメリカスパイダーマン、ドクターストレンジ、ブラックウィドウ、ハルク、ビジョン、ブラックパンサーといった面々それぞれにしっかりと見せ場があり、これだけのキャラクターが登場しているにも関わらず、混乱なくアクションシーンが整理されていて観やすいし、ストーリーも楽しめる。監督のこの手腕は素直に感服する。

 

今作は、6つのインフィニティ・ストーンという、全てを集めると全能の力を得られる石を巡っての攻防戦がストーリーの中心で、最強の敵「サノス」との戦いが描かれる。ヴィランであるサノスが、このインフィニティ・ストーンを集める目的が、余りに宇宙全体に人が増え過ぎており飢えや貧困に喘いでいるので、宇宙の人口を「半分」にして均衡を保つ為という思想をベースにしている。対して、インフィニティ・ストーンを渡さないようにヴィジョンが自分を殺してくれと懇願した時、キャプテン・アメリカは「目的のためだとしても、一人として犠牲はださない」という姿勢を貫く。これがヒーロー側のスタンスである。

 

これは、現実の社会でも何度となく歴史上で行われてきた、大義の為にどこまで人は人を犠牲に出来るのか?という選択をテーマにしている。もちろん簡単に答えは出ない。だからこそスクリーンの中のキャラクターが、自分たちの信念の為に戦う姿に、観客は感情移入できるのである。昔のヒーローものの悪役にありがちな「自分が宇宙の支配者になる為」という利己的な理由では無く、ヴィランの目的が設定されているのは、現代的だし単純な勧善懲悪に陥っておらず、多重性を持ったシナリオだと感じた。またサノスの苦悩や葛藤も描かれていて、本作はサノスをしっかりメインキャラクターの一人として位置づけた作りとなっているのも良い。

 

映画のラスト、サノスは6つのインフィニティ・ストーンを手に入れ、人口を半分にする。もちろん、その中にはマーベルヒーロー達も含まれる訳で、誰が消えて誰が残るのか?は次作の「アベンジャーズ4(仮)」を考えると重要な要素になるだろう。だが、消え去ったのが、ブラックパンサースパイダーマン、ロケット以外のガーディアンズなどである事を考えると、単体作品でまだまだ稼げるメンバーの為、「大人の事情」から結局復活する事は間違いないだろう。特にガーディアンズのメンバーなど、CGキャラのアライグマだけが残るという展開に「こりゃ、同時進行でガーディアンズVol.3の撮影やるんだな」などと、いやらしい想像すら過ぎってしまった。よって、個人的にはそれほどの衝撃は無かったが、それでも悲愴感漂うダークなラストだった。ニック・フューリーが消える時に、「マザファッ・・」はもはや名人芸の域に達しており、笑えた事も記載しておきたい。

 

エンドクレジットの最後、消え去るニック・フューリーが連絡したのは、「キャプテン・マーベル」という最強の女性ヒーローである。2019年3月には単独作品も予定されていて、主演はブリー・ラーソンらしい。「アベンジャーズ4(仮)」の公開は、2019年の5月らしいので、まずは単独作品でバックボーンを説明してから、アベンジャーズに参入し活躍させるのだろう。とにかくこの辺りのマーベルの戦略には隙がない。

 

今までMCUをある程度、追っかけてきたファンなら確実に楽しめる一作であることは間違いない。最高峰のVFX技術と画面設計で、一瞬たりとも気の抜けたショットなど無い。とにかく、とんでもなくリッチな映画だ。今後もMCUシリーズは、フェーズ3~フェーズ4とどんどん続いていくので、今作ももちろん見逃しのないよう。

「いぬやしき」を観た(完全ネタバレ&解説アリ)

いぬやしき」を観た。

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監督:佐藤信

出演:木梨憲武佐藤健二階堂ふみ伊勢谷友介

日本公開:2018年


GANTZ」の作者、奥浩哉の人気漫画をあの「アイアムアヒーロー」の佐藤信介監督が実写映画化。うだつの上がらない初老の主人公を木梨憲武、かなりダークな設定の大量殺人鬼を「るろうに剣心」シリーズなどの佐藤健が熱演。彼らを取り巻く重要な役柄を、それぞれ本郷奏多二階堂ふみ伊勢谷友介らが演じている。原作マンガは未読。「名探偵コナン」「クレヨンしんちゃん」「レディ・プレイヤー1」と、4月の新作ラッシュの最中に公開された本作は、興行面では苦戦しているようだが内容はどうだったか?今回もネタバレありで。

 

あらすじ

自分の存在意義に疑問を感じ始めていたサラリーマン犬屋敷壱郎は、職場でも家庭でも居場所はなく、冴えない日常を送っていた。そして、その追い打ちをかけるかのように胃がんの宣告をされ、意気消沈する。ある日、拾った犬を散歩していると、謎の飛行物体が墜落し事故に遭ってしまう。そして近くにいた獅子神という高校生とともに、その日を境に身体に異変が訪れる。身体が機械として変型する様になり、手が武器になったり飛行出来たり、病気を治せる様になる。特殊能力を持った犬屋敷は人々を助けたいという思いから、自らの存在意義を見出していく。一方で、同じように特殊能力を持った獅子神は力を利用して殺人を犯すようになる。

 

感想&解説

事前の期待を大きく上回る傑作だったと思う。ただ、キャッチコピーにある「空飛ぶ映像トリップ!」を期待すると、「レディ・プレイヤー1」が隣の劇場で上演している環境では、どうにも分が悪い。これだけマーベルやDCコミックスのアメコミ映画が乱立して、ハイクオリティな映像を見慣れてしまった今、あれらのハリウッド作品と比較すると見劣りするのは仕方ないだろう。時間的にも実際の派手なアクションシークエンスは後半30分くらいの為、実際ネット上でも「ラストバトルに至るまでが退屈」と言った意見があった。では、この作品の面白さとは何かと言えば「キャラクター設定」である。

 

もちろんこれは原作が持つ面白さの部分なのだが、主演の木梨憲武演じるサラリーマン「犬屋敷」と、佐藤健演じる、高校生「獅子神」というキャラクターの「何故、彼らが戦うのか?」の部分を演出的にちゃんと積み上げていくので、非常に感情移入しやすい作りになっている。特に佐藤健演じる「獅子神」は、彼に降りかかる様々な不幸や家庭環境と、あまりに強大な力を持ってしまった全能性から、徐々に精神が壊れていく過程をしっかり表現していたと思う。獅子神が「俺は人間ではない。神になったのだ」というシーン。大仰な演出にすると醒めてしまいがちな場面だが、今作の佐藤健は、非常にドライでクールな高校生という役柄もあり、淡々とした言い方が逆に狂気を感じさせる良いシーンだった。

 

今作の「獅子神」というキャラクターは母親が自殺して以降、絶対的な「悪」として覚醒する。それは、クリストファー・ノーラン監督「ダークナイト」のジョーカーを彷彿とさせる、純粋な悪だ。この純粋悪と、木梨憲武演じる「犬屋敷」の逆に純粋な「正義」との戦いが、この作品のテーマだ。犬屋敷は家庭でも会社でも疎外され、疎んじられている存在である。捨てられた犬が居れば助けようとし、口もろくにきいてくれない家族すら、必死に守ろうとする。その彼が、絶対的な力を手に入れた時に行う事は「他者の命を救う事」だ。彼は死にゆく鳩を救い、病気の他人の子供を救う。それが今まで不毛な人生を歩んできた彼の「生きている意味」となる。

 

これは明らかに「キリストVSサタン」の構図だ。犬屋敷が子供の頬に手を当てると、病気が治癒する描写があるが、これはキリストのメタファーだろう。アメリカ映画であれば「キリストVSサタン」の構図をもっと前面に出すのだろうが、この作品ではあくまで「ヒーローVS悪役」の構図を突き通す。獅子神が「俺が悪役でジジイがヒーローかよ」と言うシーンに、作り手からの「これは日本製ヒーロー作品です」という宣言を感じる。だからこそ犬屋敷は娘の命を救った後にも、最後まで「僕にはまだ助けなきゃならない人達がいる」と、崩れた都庁に戻る。この人命救助は究極の利他的な行動で、まさしく「ヒーロー的な」行動に他ならない。

 

極めて実直に、ヒーロー映画としてのフォーマットを踏襲しながら、初老のくたびれた男を主人公に、イケメンの颯爽とした男を悪役に仕立て、それぞれのキャラクターを丹念に描いたのがこの作品の魅力のポイントだろう。だが、逆を言えばこのキャラクター設定以外の描写や説明は、かなり不足している。何故、犬屋敷と獅子神は身体を改造されたのか?改造したのは何者なのか?何処に行ったのか?何故、力を使うと喉が乾くのか?など、全く劇中では説明されない。原作を読んでいないので、もしかしたらその辺りの説明があるのかもしれないが、映画を観る限りは謎のままだ。ラストシーンで、生き残った獅子神は親友の元を去り、どこへ消えたのか?娘に正体を知られた犬屋敷は、これからそのまま人間として生活するのか?

 

だが、個人的にはこの謎だらけの作風に対して、逆に好感を持った。この乱暴な感じに、70年代のカルト映画的なパワーを感じたのだ。警察が民間人の家で一斉射撃するわ、死者は出すわとメチャクチャだし、先ほどの様に大事な設定の説明はほとんど無い。もちろん、ここを持って不親切だと怒る人の気持ちもわかるが、役者の演出、美術や画作り、そして「こういうカットが撮りたい」という作り手の熱意が伝わってくる力強い映画だと思う。本作「いぬやしき」は今年観たベスト10に入るくらいに大好きな作品になった。完成度が高いとか、歴史に残るといった類の映画ではないが、こういう邦画が観れるのは、映画ファンにとっては嬉しい体験だ。